心折れもう死んでいるのに生きる意味回答受付中
今も毎日20代である仕事に就かなかった事を後悔して一日が始まります。硬い仕事で難しい試験を突破して合格しましたがその時別の仕事をしていて何故か転職しなかったのです。転職するために必死で勉強して合格したのにです。今でも何でそうしたのか全くわからないです。また、その安定した仕事に就けば自信を持って求婚出来たはずの大好きな人がいました。でも結局こちらも身を引きました。
ここの時点でもう私は死んでいるのです。
その後毎日この事を考えて悔やんで悔やんでの苦しみの中、何とか食いつないでこんな歳まで生きては来ました。
ああ仕事も辞めてもう今は起きて食べて寝てるだけです。何もないのです。自死する勇気はなく(安楽死が許されるなら今すぐします)そんなつまらない日々をただ生存するしかないのです。
何故生きる意味がもうとうにない私が、これ以上生きていかなきゃならないのでしょう。あの時普通に転職していればどんなにか素敵な人生を送れただろうに、また明日の朝この後悔から始まるのです。
正直言って不謹慎ですが不治の病とか治らない癌とかになりたいです。ならもう人生の終わりも見えるでしょうから。
なぜ私はとうに終わっている何の価値もない今の人生を生きて生き続けなければならないのでしょうか?
自分の人生は終わっているのに生きていかなきゃならない苦しみ
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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悟りを目指して
悩み苦しみの根本原因は、煩悩です。
仏教には、煩悩を制御することで悩み苦しみを制御するテクニックがあります。
また、最終的には悟りというゴールを目指しています。
悟れば煩悩が消え、二度と悩み苦しみも起きないのです。
また、仏道修行はやりがいがある面白いゲームでもあります。
人間の心身は、仏道というゲームをやるための最高のゲーム機なのです。
あなたが仏教に興味を持ち、瞑想等の修行(ゲーム)の喜びに目覚めたならば、あなたはいつでもどこでも使用可能なゲーム機を手に入れられます。
人生に退屈することはありません。(どこでも、ほんのわずかな時間にでもゲームをできるので。)
後悔に悩む必要もなくやります。(過去や未来や自分や他人に関する妄想雑念をやっつけるゲームだからです。)
たとえ寝たきりの人でもそのゲームはいつでもできます。
ということで、仏道について、ヴィパッサナー瞑想やマインドフルネスについて調べてみてください。


