実家の両親への孝行、責任を果たしたい
はじめまして、気持ちの整理法教えて下さい。
私は東北生まれで、男兄弟3人の中の次男です。
兄弟は皆上京し、両親のみが2人実家に残っている状態です。
先日、3男の弟より、両親を実家から呼び寄せ
老後の世話をしたいと相談、申し出がありました。
これ自体は本来歓迎すべき内容で
客観的には申し出てくれた弟に感謝すべきことなのですが、
頭では承知できても、どうしても、素直に心から委ねられません。
実家の家長になるべき
長男は訳あって数年前から絶縁状態になっているので
(ここは相談内容ではありません)
次男の私が将来的に両親の面倒をみる
そういう腹づもりで実家と接してきたからです。
両親、兄弟で、両親の
将来をどうするかという共通の結論はでていませんでしたが、
「何かあったら私が面倒をみる」という覚悟、責任は
感じながら、接して来ました。
そいう最中の、弟の打診で「孝行したい、
責任を果たそうという、私が看取る」という
私の気持ちに大きな穴が
空いてしまいました。喪失感、嫉妬心、弟に
先手を打たせてしまった情けなさ、何とも表現しがたい
気持ちに襲われています。
実際、私の生活状況としては妻、生まれたばかりの双子の子がおり
自営を初めて4年目、不安定ながら
あと一歩で自活できそうなところまで来ました。
一方の弟は安定職で一般的な水準の生活を
営んでいます。
サラリーマンを捨て、自営の道を歩み、
両親に心労をかけた罪滅ぼしとして
この道で成功し、孝行したいということを
一つの目標にやってきました。
弟の提案が得策であるのは頭では理解できます。
ですが、大きな目標をなくした喪失感がとまりません。
私の状況を見ても、私の目標というただのひとりよがりな
理由で、弟の好意、提案に反対するべきものないことは
十分に分かっています。
メインとして人的に面倒を看る役割がなくなりそうな今、
「今後の両親の為に新たに何をしてあげられるか」
という具体的な行動や、考えに切り替えられないのが
現状です。気持ちを納得させ、また
「私の役割、任務はこれだ」と
新しい目標として自分の心の中にすっと
浸透させられれば前を向いて生きていけます。
孝行といえば人的だけでなくても、金銭、心のこと
色々ある訳ですが、
良い心の整理法など
ご教示頂ければと思い、相談差し上げた次第です。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
心を落ち着けもう一度ご自分の目標を見据えて
拝読させて頂きました。あなたの生きる目標として仕事を頑張りご両親のお世話をすると掲げていらっしゃたのですね。それが失われることに喪失感を覚えておられるのですね。お気持ちお察し申し上げます。
しばし心を休めてください。
今のあなたの状況を鑑みそしてできることは何かをそれから考えて頂きたく思います。
ご両親への思いは決して変わることはありません。どのような状況になってもやはり親は親で子は子ですから、もしものことを考えた時にサポートできるあなたがいらっしゃるのです。メインでなければ嫌なのはなぜか?恐らくあなたの心にゆっくりと問いただせば見えてくるのではないでしょうか?
そしてあなたの目標は今のあなたの家庭を養う為にご自分の仕事に力を注ぐことですよね。そしてお子様をご夫婦で力を合わせてお育てになることですよね。じっくりとあなたの目標を見据えて頂きそこに力を注いで頂きたいと存じます。
またメリットとしては弟さんのところにご両親がいらっしゃればお子様に会わせることも頻繁にできるのではないかとも思います。それも頭の隅にいれて頂いても良いかと思います。
あなたや奥様やお子様がこれから順調にご生活なさり、そしてご両親様や弟様のご家族共に仲良くお過ごし頂ける日々となります様に心からお祈り申し上げます。
三本の矢
gsさん、初めまして。
なんと素敵な男性なんだろうと拝見させて頂きました。
また、弟さんも素敵な方ですね。
決意表明した順番では出遅れた感じがあるかもしれませんが、そもそも弟さんメインでお任せしなくてはいけない理由があるんでしょうか?
弟さんが「周りの手助けは無用」と仰られているとか…
そうでないならば「自分も両親への恩返しと思って、老後のサポートを考えていたし、するつもり」と、二人でサポートしようと提案してみるのはいかがでしょうか。
弟さんはgsさんの現状をみて、gsさんの将来設計図を知らずに「自分がやらなければ」と奮起されたのかもしれません。
実際問題、ケアが必要になったときに弟さんが一人で抱えるのは難しいと思いますよ。
苦労を分かち合える兄弟がいれば…と思うはずです。
喪失感を払拭するのは難しいかもしれませんが、ご両親にとっても二人でサポートしてくれれば本当に嬉しいと思いますので、このまま人生の目標と出来るように動くことができればと感じています。
三本の矢と同じで、助け合うこと、誰かを思って行動することは一人よりも二人、三人の方が喜びは倍、辛いことも分かち合えると思います。
質問者からのお礼
ご回答本当に、本当にありがとうございます。
今自分が感じている気持ちが何なのか、それすら分からずに
悶々としていた中、こうやって文字にしてご相談することで
ぼんやりと輪郭が見えて来ました。まずこういう機会を作れた事が
一つ目の感謝です。本当にありがとうございます。
ご回答の内容はさらに目から鱗のアドバイスで、
私の心の中を鋭く漸くして頂いた箇所がありまして
自身が向き合うポイントが一掃鮮明になりました。
kousyo Kuuyo Azuma様の
→メインでなければ嫌なのはなぜか?
この箇所が核心なのかもしれません。
それは純粋な両親への思いの他に
家族内での顕示欲や、自身がやってきたことへの評価を
得たいという承認欲だったりするのかもしれません。
そして承認されることで自己愛を満たそうとしているのかもしれません。
純粋な両親の幸せな生活を考えると違う形が見えてきそうです。
考える機会を頂きありがとうございます。
両親がどういう事をしたら喜ぶのか、幸せなのか
それをもう一度深く考えて、それに対する助けや接し方を
することが本当の目的なのですね。
気がつきました。感謝致します。
緇川杏美様
→決意表明した順番では出遅れた感じがあるかもしれませんが、
おっしゃる通り、やろうとしたことを
挫かれた悔しさ、こういう感情、紛れもなくあります。
子供の時にやろうとしていた宿題を親に先に催促させられたようなイジケに
似たような気持ちです。
こういう気持ちが起ってしまう事自体は自身の内面から出る
幼稚さや弱さで、向き合わなければいけないことですね。
本来の両親の幸せを願う気持ちが強ければ順番や
物理的な距離は関係なく、側にいる人と
同様、それ以上にできることがあるかもしれません。
これから、私のおかれた環境で何ができるのか、
上の余計な気持ちを極力沈めて、考えてみます。
本当に感謝致します。
3本の矢のお言葉で、すごく気づかされたのは、
「苦労を分かち合う」だけでなく
「喜びは倍、それ以上」という点です。
なんとなく自己犠牲的な気持ちが強い自身なので
「喜びは倍」という視点を授かり、複数の人で
強力した方が幸せが増すということ、初めて気づきました。
お忙しい中、顔も知らない者の悩み事に
ご教示下さり、感謝のしようがありません。
私も回答下さったお坊様のような救いを身近な
困った人に少しでもできるように、そんな人間に
なりたいと思った次第です。
ありがとうございました。