おばあちゃん
初めまして。
私はおばあちゃんが大好きです。
ですが、心の病にかかった頃、私はおばあちゃんにたくさん酷いことを言って傷つけました。
とても病気のせいにもできないくらいです。
それでもおばあちゃんはいつでも私に優しくしてくれました。
病気も回復し、働き始めた頃漸くおばあちゃん孝行できると思っていた矢先亡くなりました。
最初の頃は夢に出てきてくれていましたが、暫くして夢にでなくなりました。
妹の夢に出てきて「会えば一緒に行くと煩いから暫く来ない」と言っていたそうです。
ですが、数年経ち、妹と今絶縁状態なのですがそんな中でおばあちゃんが夢に出てくるようになりました。
何を伝えるでもなくただ夢の中では生前生活していたようにそこにいました。
でも表情はどこか険しいような感じです。
墓参りも行きました。
頑張るから見守っててと伝えてきました。
まだ心配しているのでしょうか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
報恩謝徳
ココア様
釋 慧心と申します。
お悩みを拝見させて頂きました。
今朝、私も母が夢に出てきました。
夢の中の母とは何か会話が思うように通じず、言っていることも上手く聞き取れなく、もどかしいものでした。
私も母が、これからようやく少し落ち着いて、親孝行をと思った矢先に亡くなりましたのですが、
かと言って、今存命の父に何か素晴らしい親孝行が出来ているのかと言えば、恥ずかしながら、そんなことはございません。
長々と私事を申し訳ございません。
人とは、そういうものなのかも知れません。
そういうものと言いますのは、常に、自責と後悔を背負いながら、
どうしようもなく、時に苛まれながらも、でも生きていくしかないのでしょう。
明るく振る舞って、まるで悩みのないように見える人も、恐らくは同じでしょう。
ココア様のおばあ様、何故いつもどんな時でも、ココア様には優しかったのでしょう。
おばあ様はきっと、酷いことを言ったココア様の向こうに、幼かった、まだよちよち歩きのココア様の姿やおばあちゃんと笑った笑顔も見えておられたことでしょう。
そして、今のココア様も見えておられたことでしょう。
全てお見通しであったはずです。
だって、おばあ様ご自身もいつか歩いた道だから。
おばあ様、ココア様のことを心配はされておられることには違いございません。
ですが、それは慈悲の心で慈しんでくださって、迷ったときには、ココア様の足元を静かに照らして、手を引いて導いてくださるお心ですよ。
嬉しいですよね。
私はそう思います。
そのご恩とお徳に感謝申し上げましょう。
またココア様が将来、お子様やお孫様に出会えましたら、おばあ様と同じ慈しみを掛けてあげて下さいよ。
そして私もココア様も何れの時にかご縁頂きましたら、この娑婆を出でて、また笑うて出遇うていきましょう。仏として。
大丈夫です。笑ってくださいね。
おばあ様はココア様の笑顔が大好きなのですから。
あなたを許しあたたかく包み込んでくれています
拝読させて頂きました。おばあちゃんのあなたへのお気持ちは今までもこれからも変わりなくあなたを大切に思い見守ってくれていますよ。いくつになっても親祖父母は子供や孫のことに心にかけてくれていますよ。あなたや皆様を許しあたたかく包み込んでくれています。
どうぞおばあちゃんを思い心を込めてお祈りなさり、そしてこれからもどうぞおばあちゃんよろしくお願いしますと見守ってくださいねとお願いなさってくださいね。あなたはこれからの人生もどうぞ自身を持ってご生活なさってくださいね。
質問者からのお礼
お礼のお返事が遅くなりました。
嬉しいお返事をありがうございます。
今、また自身のこと、家族のこと、友人のことと色々と忙しく悩む日々です。
その中で一日でも忘れていないのがやはりおばあちゃんです。
悩んでいる時も嬉しい時も常におばあちゃんがいたらな、おばあちゃんどう思うかな、そればかり考えます。
私の中のおばあちゃんは本当に優しくて周りからも感謝の言葉は聞いても悪い話は耳に入ってこないくらい評判のいいおばあちゃんでした。
私の自慢のおばあちゃんです。
そんなおばあちゃんに最期まで甘えて我が儘ばかり言ってなにも孝行できないまま逝ってしまったと言う現実に日々後悔していました。
少しだけ、後悔が薄くなった気がします。
お盆には家族でお墓参りにいきます。
たくさんお話してこようと思います。
またご相談させていただきました。
そちらもよろしくお願いいたします。