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趣味を続けるかやめるか悩んでいます

私には長く続けている趣味があります。もうかれこれ15年ほどになるでしょうか、人生の半分くらい続けてきたことになりますが、最近それが楽しくなくなってきました。
もちろんやり始めたときは楽しくて楽しくて、これをずっと続けてきたことに喜びや誇りをもっていました。それが徐々に「あれ?なんだか楽しんでいないな」「いや、むしろ辛いような…」となってきました。

趣味の内容は、うまく書くことはできませんが例えるならばスポーツ選手やアイドルのようなものなのではないかと思っています。

技術は年月を経て積み重なりどんどん身についてきているのに、体力的にも見た目的にも若さが必要で、年齢的にもうダメなのではないか?と悩んでいます。

また、その趣味の世界でのルールや常識の変更みたいなものについていけないという点もあります。私が始めた頃はまだそれをやっている人が少なく、それにより世間との差みたいなものが楽しかったりしたのですが、今は一般化してしまいそういった「特別感」みたいなものが無くりました。そして、単純に人が増えたことにより私が押し出されている状態です。

今まで長く長く続けてきたことにより、物理的にも精神的にも生活の一部となっています。周りには「やりたいなら続ければ?」「嫌ならやめればいいじゃない(笑)」と言われるだけですが、私は悩み過ぎて鬱になってしまいました。もともと鬱になりやすくはあるのですが、原因が自分でもわからなかったのですが自分でもまさかの趣味が原因だった!という状態です。

新しい人がどんどん入ってきてもう敵わない

でも生活の一部となっていてやめにくい、「まだいけるのでは?」と期待してしまう

結局敵わなかったから精神的に辛くなる

鬱っぽくなってクオリティが下がる

これを繰り返しています。

スポーツ選手やアイドルだって時期が来ればそれをやめることになるのでしょう。それはわかっています。自分はあくまで趣味なのでちょっと違うかもしれませんが、人生の一部となっていることについての判断をどう乗り越えていくのでしょうか?

有り難し 34
回答 3

質問投稿日: 2015年4月17日 13:34

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

願誉浄史

絶対必要なら迷っていないはず。

続けるかどうか迷っているということは、今のあなたにとって、「どっちでもいい」ことだからです。
その場合は、身近な他人の利益を考えて選択するのもいい。
お釈迦様が悟ったとき、もう、死んでも生きてもどっちでもいい無執着でした。
そのときに梵天という神様から頼まれて、お釈迦様は、他人に教えを説くために生きることを選ばれた。
たとえば、あなたの趣味で、誰かに迷惑をかけているならやめるのもいい。
あなたの趣味が誰かの役にたっているなら続けるのもいい。
自分が迷ってるなら、誰かのために選択してみては?
さて、迷って、右か左か、やっぱし右か…なんて思考がグルグル堂々巡りになってる場合は、
判断材料となる情報がないわけです。
材料がないのに料理をつくろうとして、でも材料ないから作れない、でも作りたい、と空回り。
そんなときは、新しい材料(情報)を入手すると、途端に判断できるようになる可能性があります。
今までと違う環境に、一歩踏み出してみてはどうでしょう?

3年1ヶ月前
回答僧

崇興寺

釈心誓

趣味を趣味と割り切る。

趣味は楽しいからするものですね。
何故楽しめるのかと言えば、あくまで「趣味」だからです。
趣味というものはそれ自体が面白いかどうかも大切ですが、それ以上に「何の糧にもならない」という所に落しどころがあるように思います。
何の糧にもならないのだから勝っても負けても楽しめます。
勝敗を含めて楽しんでやれるのが趣味の強みです。
プロならば負けていては仕事になりませんから、楽しんでやるなんてできません。

浄土真宗は阿弥陀様に全てお任せする宗教です。
他力本願ですから、自分の修行などは全て無効であり何の糧にもなりません。
だから楽しんで人生を過ごせます。
勝っても負けても、どっちでもいいのですから。

3年1ヶ月前

自他ともに楽しませる

私は高校時代に剣道部に入ったら女子しかいなくてやめました。竹刀にヒモ(ツル)がついていて定規でべんべんはじいているうちに音が変わって面白いのでギターを始めたくなりました。(笑)
ある時ギターをもうやめようと思って先輩僧侶に譲ろうと思ったら「今までやってきたことは必ず何らかの功徳になるからやめない方が良いよ」と言われ、その時はピンときませんでしたが、今になってみると本当にそうだと思いました。
長年やっていることって、自分を知る事の上でとても役に立つのです。
私は演奏しながら、自分の心の様子が分かるようになりました。
いつかやってみたかったびわ法師にもなれました。
書家の方なら、字のラインをみればその人がどういう様子かも分るように。
画家の方なら、その絵をみれば何を物語っていればわかるように。
勝ち負け、競争の為にやってはいけません。
純粋にそれを楽しんでいるからこそ❝楽しい❞のです。
スポーツも音楽も芸も勝ち負けではありません。
その道をトコトンやり続けいくと、誰かに楽しんでもらう事もできるはずです。
どうか、今は好きになれなくても必ずやっていてよかったと思える時がありますから、それに変わるものであっても構いませんから続けて行ってください。

3年1ヶ月前

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