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物事を真に受ける性格を改善したいです。

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有り難し有り難し 46

こんばんは。
自己を啓発したいと思い、いつも拝見しています。
気持ちのよくなる回答、ありがとうございます。

今回質問したいのは、私の性格です。
自分にかかってくる物事をいちいち真に受けてしまうことが多く、
疲れてしまうことが多いです。

例えば、仕事など何かで指摘をされるとします。
それに対して、自分の考えを真正面から主張します。
それはそれで悪いことではないかも知れないのですが、
相手にも言い分があるので、余計な衝突の元になると思います。
(現になることがあります)

せめて自分への意見をうまくかわせば、
自分もストレスを感じることがなく、
いい解決方法も見つかるかも知れないのですが、
なかなかうまくいきません。

物事のうまい受け流し方法などございませしたら、その秘訣を教えてほしいです。
(失礼な言い方に聞こえましたらすみません)

よろしくお願いいたします。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自分という生き物を見つめる眼

Pre様
こんにちは。拝見いたしました。

物事をいちいち真に受けてしまうことが多い性格で疲れてしまうことがあったり、自分の考えを主張することで衝突してしまうことがあるとのことですね。

自分に正直であることはご本人も承知のとおり私も長所だと思います。ただそれを主張する時に「私はこう思います」という自分のメッセージとして伝えるのか「こう思うべき」という相手へのメッセージとして伝えるのかで印象は変わってきますね。「~するべき」というのは自分の中でいつの間にか設定してしまったルールであり、それで自分や他人を裁いてしまうようになると最終的に疲れてしまうと思います。

聖徳太子は「自分が正しく相手が間違っているのではない。相手が正しく自分が間違っているのでもない。どちらも正しく、また間違えることのある「ただの人間同士である」」というような事を仰っています。「どちらが正解か」という対立思考に陥れば自分を苦しめることになりますね。
さて、ではどうするかですが、「主観」「客観」のほかに「俯瞰」が大事かと思います。イメージとしては自分を別の場所から見続ける目線ですね。幽体離脱して見ているというイメージでしょうか。

日々の生活の中で自分の行動や思いを「実況中継」するようにしてみてください。「preは今歩いています」とか「一口目を食べています」「電話をかけようとしています」という具合に自分を客観的に実況してください。注意するのは良い悪いの評価はしないことです。ただただ実況し続ける。「怒っているようです」「傷ついています」「この野郎!と思っています」

自身を見つめるもう一つの目線を感じながら生活すれば、職場の自分の役割の視野も広がりますし、真に受けるまでのワンクッションも出来るのではないかと思います。

どうぞ日々の「当たり前」への感謝を忘れずに。

合掌

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おきもち

御縁があって一般人からお坊さんになりました。現在は小さなお寺の住職をさせて...
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相手に花を持たせる

自分が正しいことを主張したい気持ちは誰でもあります。
しかし、トラブルを避けたいということなら、相手を立てて花をもたせる方が良いですよね。
そのような場合で、心の中で、「欲・怒り・怠け・プライドは煩悩だ」と念じてみてはどうでしょうか。
言い返したい欲、言われて腹が立つ怒り、上手く解決するための努力を惜しむ怠け、自分を主張したいプライド、これらは煩悩です。
煩悩は、悩み苦しみの原因です。
しかし、欲・怒り・怠け・プライドは、自分にも、相手にも、誰にでもあります。
自分の欲・怒り・怠け・プライドには気をつけて、
他人の欲・怒り・怠け・プライドには慈しみをもって、
一呼吸おいてから発言することが賢明でしょうね。
難しいですけどね。
難しいからこそ、それは「修行」になるのです。

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おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...
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質問者からのお礼

願誉浄史様

この度は、私の質問にご回答いただき、誠にありがとうございました。
相手の言動に慈しみを持って接する、なかなかその時点では難しいのですが、
今回いただいた言葉を思い出して、一呼吸置いてみることにします。

すぐに対応しなければ、と思うところがあるので、うまくいかないのかも知れません。
少し考える時間を作ってみます。

自分が楽になるためにも、日々修行ですね。
ありがとうございます。

けんじゅ様

ご回答ありがとうございました。
確かに「~すべきである」という思いが強くあるのだと思います。
自分で決めたルール=世間の常識のような考えがどこかにあるのかも知れません。
私にも私の考えがあるように、それぞれの人にそれぞれの考えがある、ということを
心に取り込むようにします。

それから、「俯瞰」という視点は初めて聞きました。
自分と他人の間にクッションがあると、冷静に考える時間が出来そうです。
実践してみます。

実生活で試みられる解決法を教えていただいき、大変嬉しく思います。
ありがとうございました。

「自分を・性格を変えたい・直したい」問答一覧

生きづらい悪い性格を良くしたいです

自分の悪い性格を変えたいです。 私は咄嗟に出た言葉で人に勘違いをさせて嫌な思いをさせてしまうことが多いです。私は傷つけるつもりで言ってなくても、言い方や表現が悪いせいで相手が傷ついてしまいます。 それだけでなく、わざと傷つけるような発言をしてしまうこともあります。これは私の性格が根本的に悪いことが原因だと思います。 子どもの頃から怒りっぽい性格で、イライラして暴れることもありました。それくらい性格がもともと悪いということです。 両親の仲がよくなかったことや、転校して不登校になったことも悪い性格の原因のような気もしますが、そういった辛い出来事がなくても、きっと根っからの悪い人間です。 数年前に気分障害になってからさらに性格が悪くなりました。 人のせいにすることも多くて、ネガティブな考え方ばかりして、すぐに怒って、愛情を持てません。自分の利益ばかり求めて、人のために何かをすることができません。 だから仏様はどうしようもない人間の私が人を傷つけないようにそばにいてくれているのだと思います。 穏やかで優しい人を見ると、うらやましくて、憧れと嫉妬もあって自分がとても惨めに感じます。良い人の周りには良い人が集まるという考えがあります。それならば私は悪い人間だから私の周りには誰もいないか、悪い人だけ集まるということなのでしょうか。 どうしたら穏やかで優しい人に変われるのでしょうか。仏教の勉強をしても、実践が難しくて、頑張っても悪い性格が治りません。 良い性格になるための教えがあったら教えていただきたいです。 わかりにくい文章でごめんなさい。 頭が悪いから、人に伝えるのが下手です。 まだ20代前半で、これから長いこと生きて行く可能性も高いのに、今のままでは生きていくことが辛いです。

有り難し有り難し 7
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寄り添ってもらえなかった心

こんにちは。 いつもお世話になりありがとうございます。 季節の変わり目のせいか、自分が更年期も含めて不調なせいか、気持ちが落ち込む日が続いています。 ふと振り返ると、義理の両親との同居生活で辛かったとき、夫は仕事に集中していて私の苦労には無関心で寄り添ってくれませんでした。 孤独で責任感に押しつぶされそうでも他人事のようで、その姿に怒りや悲しみでいっぱいでした。 また実家の父が亡くなった時には、母は自分一人が悲しみのパニックに陥って、一緒に悲しみ苦しかった私を一度も気遣うこともなく、亡くなってからもそれは続き『共に』という考えはなく私には寄り添ってはくれませんでした。 いろんな悲しみや辛さを一人で心の中にしまいこみ、寄り添うべき相手から寄り添ってもらえなかったことが今でも深い傷になっています。 後になって相手に私の気持ちを打ち明けてみれば、一応形だけは反省する気持ちを見せてはくれますが、どうしてもその時の癒しにはなりません。 誰にも精神的な力になってもらえなかったことは、今生きていることへの無力感や虚しさにとても大きな影を落としている気がします。 どうしたら自分を立て直すことができるでしょうか? なにかお知恵をお貸しいただけたらと思います。 よろしくお願いします。

有り難し有り難し 15
回答数回答 1

強すぎる規範意識に苦しんでいます。

神経質でルールに厳しいところがあり、グレーを許せない性格をしています。強迫性障害として現在は治療も受けているのですが、根本的に物事の捉え方を変えたいと思っています。 法律はもちろん、例えば「取扱説明書」に書いてある指示や、「利用規約」、会社の規定など、言葉に表されたルールや指示が存在すると、自分の行動がそれに反していないか、あるいは過去の行動がそれに反していなかったかと何度も言葉の解釈を検討したり人に聞いたり確認したりを繰り返してしまいます。 もちろん明らかな犯罪行為とか、他人に迷惑がかかるマナー違反などはやるべきではないと思いますし、ルールを守る意識があること自体はむしろ良いことだと思います。 しかし世の中、取扱説明書や利用規約は読まない人のほうがおそらく多いですし、はっきり言って商品の説明書の注意事項など、書いてあることを言葉通りに受け取って厳密に解釈・実行していたら、まともに生活ができなくなるんじゃないかと思うほどですよね。 とは思っているのに、「この充電の方法で合っているのか?」「この洗濯の仕方で良いのか?」などと細かく確認し、少しでも疑いがあるとやり直したり、厳密に正しいと言えるやり方に限定したり、どんどん生活が不自由になっています。(普通に考えて、ただのシャツを1枚ずつ個別に洗濯機で洗ったり、家で延長コードを全く使わなかったりする人なんてこの世にいるんでしょうか。) そして、誰かに迷惑がかかったり、事故が起きたりしたわけでもないのに、自分がとても悪いことをしているという意識に苛まれます。 最近は、数年前に知らずに法律違反を犯していた可能性があったことがきっかけで、知らない法律や規則があって、自分の行為は実は禁じられているのではないかなどと考え事をしたり調べごとをしたりする時間が増えました。 元々の性格もあるとは思いますが、少し前まではもっと大雑把な感じだったと思っていて、もう少し気楽に生きたいです。杓子定規により厳しい方に決まりや指示を解釈し、自分を縛るのをやめ、なんでもないことに罪の意識を感じたりしないようにしたいです。 治療も続けていますが、波はもちろんあるものの全体としてはあまり改善している印象がなく、考え方や物事の捉え方を変えたいです。もちろん医師にも相談はしますが。 何とか肩の力を抜いて生きられるアドバイスをいただけないでしょうか。

有り難し有り難し 8
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ