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自分の笑った顔が大嫌いです。

自分の笑った顔が大嫌いです。
自分の写真を見ても気持ち悪い顔だと思ってしまいます。
ただでさえ丸い鼻はますます潰れてるし、くちびるは変なかたちにめくれ上がって、歯並びも悪いです。
周りの人はいい笑顔だと言ってくれますが、本心だとは思えず。つい変な意味に捉えてしまいます。
でも、これからも自分の顔と付き合っていかなくてはいけません。
どうしたら、自分の笑顔と向き合っていけるでしょうか?

有り難し 13
回答 2

質問投稿日: 2015年4月21日 0:52

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

笑った顔は誰のものでしょうか。

ポニーテールのリボンさん、ご質問ありがとうございます。

ご自分の笑った顔がお嫌いだということですが、
その笑った顔を、あなたはどのように見られているのでしょうか?

鏡で見られて、そう思っておられるのでしょうか?

いい笑顔だと言ってくださる方がご覧になっている笑顔を、あなた自身で見たことがありますか?

悲しいかな、人間は、自分の顔を自分で見ることはできません。

普通は鏡で見て、自分の顔はこういうものだと思っています。

でも、「いい笑顔だ」と誰かが言ってくださる、そのときの顔は、あなた自身がご覧になっているわけではありませんね。

今の私の顔はこのようだ。
「いい笑顔だ」と言ってくださる人は、本心を隠していっているのだ。

そういうことは、実はあなたがイメージとして作り上げているものではありませんか?
そして、自分の作り上げたイメージで、悩み苦しんでおられる。

イメージは実体ではありませんね。

そういうものにいたずらにとらわれない。

そんなことをお心に留めていただけば、有り難いと存じます。

3年5ヶ月前
回答僧

願誉浄史

顔は訓練できる。和顔の布施は美醜を超える。

私が学生時代に就活面接の研修を受けたとき、私は笑顔を心がけ歯を見せながら座っていたのですが、講師から「ずっと口を開けてるとバカっぽく見える」と指導されました。
このような小さなこと1つとっても、顔というものは訓練で印象を変えられるのだと学びました。
また、顔は筋肉の集まりなので、顔ヨガなどの体操でも変わります。
ところで、あなたはまだお若い。90歳の老婆に比べればずっと美しい。
しかし、世間の「醜い(コラコラ)」老婆の方々でも、その笑顔を見たときに、悪い印象はありません。
ですから、美醜に関わらず、笑顔は良いもんです。
仏教では和顔愛語(わげんあいご)と言われ、ニコニコ顔や優しい言葉は、布施(他人へのサービスの修行)であり、人から喜ばれるものだと思われます。
嫌いでも、笑顔は修行。
大切になさってください。

3年5ヶ月前

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