亡くなるのは母でなくてもよかったのに
大好きな母の死から10ヵ月が経ちます。
SNSでリア充アピールしたり、職場では人が変わったように明るく振舞って悲しくてどうしようもない気持ちを抑えようとしても何だか虚しくなるだけの日々です。何だか明るくなったねって人から言われるとなおさら そう演じたりして苦しくなって…
そんなとき家に帰り、眠りにつこうとしたときバイク一族の騒音に起こされたり、病人や障害者、子どもに対して心ない言動を見ると怒りを覚え、
もちろんその人たちにも大切な家族がいることもわかっていますが、あんな人たちいなくなればいいのに。この世からいなくなるのは大好きな母じゃなくてもいいのにと思ってしまいます。
そんなこと考えてること母が知ったら、そういう人のことでイライラするの馬鹿みたいだからもう止め!って言うと思いますが。
楽しいこと考えてた方が幸せになるんだよ、。
って(´๑•_•๑)
それでもどれだけ願っても夢の中でしか母には会えません。同じくらいの歳の人は今日もお母さんと買い物してるのにな。
どうしても行き場のない悲しみは続きます。
最近、喪中はがきを作ったので改めて悲しみがこみ上げてきたこともあります。
まとまらない乱文になって申し訳ありません。
明日からもいろんな意味で明るく生きていけるようにアドバイスお願い致します。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
六神通(ろくじんづう)を得て見守りたもう
Mametaさんこんにちは。
私も妹を亡くしたので気持ちがよくわかります。
いつまでも悲しんでられないからこそ明るく振る舞って、でもやっぱ無理で。
でも仕事も行かなきゃ、人とも会わなきゃ。でもやっぱしんどくて。
ほんとによくわかります。
もうすぐ三年経ちますが、
悲しいもんは悲しい、悔しいもんは悔しいんです。
悲しい気持ちはそのままに、安心してください。
人は命を終えれば、命を返していく先があります。
その先を私たちは
『極楽浄土』と呼んでいます。
その世界には『阿弥陀』という仏様
生きとし生けるものの母親のような存在の仏様がおられます。
すなわち親元の世界です。
そこに往かれたお母さまは心配いりません。
かえって心配されているのはお母さまの方でしょう。
極楽浄土へゆけば例外なく
『六神通(ろくじんづう)』
という六つの力が得られると説かれています。
噛み砕いていくつか紹介します。
①自由自在、思い通りにどこにでも行ける力(神足通)
②距離に関係なくあらゆるものを見通すことのできる力(天眼通)
➂あらゆる声、音をきくことのできる力(天耳通)
④人の考えていることや気持ちが手に取るようにわかる力(他心通)
おかあさまはこれらの力を得て
いつもMametaさんのそばに。いつもMametaさんのことを見て、いつもMametaさんの声に耳を傾け、Mametaさんの喜びも、悲しみも理解なさっておられるでしょう。
私は、先に行った妹が、おじいおばあが、先祖代々が
いつもそばにいて、見てくれていて、聞いてくれていて、わかってくれている。
そう信じ、生きています。
南無阿弥陀仏