梅の木から届く想い
その節はありがとうございました。
いつも教えて助けてくれた職場の先輩が急逝しました。
それは二十五年ほど前の冬の週末でした。
切なさが蘇るこの時期、立春を迎えるお店の売場に今年は梅お菓子がずらりと並んで心に飛び込んできます。
先金曜日の朝、お寺の境内に佇むその樹を通り、あらためて向かい合った時「待っていたよ」と心に届きました。「待っててくれたんだ」、涙が溢れました。
涙は喜びからなのか、哀しみなのか…喜んで良いのか、わかりません。
梅の樹は、私を待っていてくれた。私はこれからも、一緒にいてくれることを喜んでいい。一生、絆があるもので、出遇いなおしていけるから大丈夫。寝ても覚めても浮かんでくるときは、ずっと想っていればいい。悲しみに暮れて悩んだり苦しんだりしなくていい。
蕾がたくさん、日を重ねるごとに膨らんで…くっきりと晴れた水色の空に、枝ごと映えています。美しく凛々しい姿が勇気づけてくれるかのようです。
とても力強さを感じ、温かくかすかに微笑みながら見守ってくれている気もします。
その方と同じように、尊敬している上司が誰よりも早く来てノートパソコンに向かう姿を目にすると、梅の木の方と重なって「いつか突然、会えなくなるのでは」 「そうなってほしくない」と、まわりの体調などに敏感になってしまいます。
どうして突然、会えなくなってしまったのだろう
防げるなら防ぎたかった
この想いは、一生続いて答えは出ないかもしれません
寂しさの癒える日も、完全に記憶がなくなることはない
いつか、目の前にいる人も
急に会えなくなるかもしれない
いつかは、いなくなる
だから、大切に
そして、また遇える
みんな一緒に。
今を大切に。
今日も、生かされていることに感謝
先日、住職が朝のおつとめのあと
私の朗読をそのまま聞いていたい声だと
言葉をくださいました
喉仏から出る響きは、母の声に聴こえる時があります
梅の木は本堂の背中から、聞いてくれている
そう想ってこれからも、共にお聴聞していきたいと願います
涙がとまりません
南無阿弥陀仏 合掌
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
何ものにも変えられない尊い御縁を結ばせていただいたのですね。
お慕いなさる先輩のご往生
謹んで哀悼の意を表します。
突然のお別れは、堪えますよね…
あの頃に戻れない寂しさも…
あなたの前を歩いてくださり、そんな姿に学びや安心を覚え。そして人生をも、先に歩いていってしまわれた。
超えられないほどの、大きな大きな存在のお方だったと知らされますね。
思い出は、特別な特別な経験であり、何ものにも変えられない尊い御縁を結ばせていただいたのですね。
大切な思い出を聞かせてくださり、ありがとうございます。その方を想い、私もこちらから手を合わせます。
南無阿弥陀仏
再会を喜び合うことができますように
拝読させて頂きました。
あなたの思いを読ませて頂きました。様々なものごとに出会える喜びや大切なあの人にまた会える喜びをどうかこれからもあなたの中で大切になさって下さい。
きびしい寒さの中でも梅の花は凛と咲き誇っています。その花のように大切な人たちもきっとあなたのことを優しく見守っていて下さり、あなたに微笑んで下さいますからね。
あなたがこれからも大切な方々とのご縁に恵まれて多くのご縁の中で育まれ健やかに生きることできますように、そしてあなたが与えられた天寿を全うなさる時に必ず仏様や神様がお導き下さり、親しい方々があなたを優しくお迎えなさって下さいますように、再会を喜び合うことができますように、あなたが一切の迷いや苦しみから救われますように切に仏様や神様やご先祖様や大切な方々にお祈りさせて頂きます。至心合掌 南無阿弥陀仏なむあみだぶつ
妄想雑念は心のお客さん
法然上人は、念仏が心の主人、妄想雑念は心のお客さんだと言われました。
心を家に喩えるなら、心には、過去や未来や自分や他人に関する妄想雑念、妄想雑念に誘発された欲・怒り・怠け・プライド等の煩悩が次々と来訪します。
しかし、それらお客さんは、必ず通り過ぎて去っていきます。
妄想雑念が過ぎ去れば、心には平安な南無阿弥陀仏の念仏が帰って来ます。
妄想雑念の映画は心のスクリーンに一時的に投影されますが、映画が終わればスクリーンはただの白い布に戻ります。
私達には、本来は関係のない別々のエピソードをつなげて妄想雑念を膨らませ、感情が乱れることがありますね。
それは悩み苦しみストレスの原因になることが多いでしょう。
ですから、心を主人(南無阿弥陀仏)に早めに戻すように意識してみてはどうでしょうか。
いずれにせよ、妄想雑念は必ず過ぎ去ってくれますから安心してください。
質問者からのお礼
中田三恵さま ありがとうございます。
言葉が浮かんでは消え、水面が静かに無音となるような感覚がずっと続いて、辛いという気持ちすら麻痺した域にいるようです。ひとりで家にいると、脳が震えて涙と嗚咽の波が何度も押し寄せてきます。音楽を聞いても、歌おうとしても涙。泣けばすっきりどころか、一度や二度で引かない津波が繰り返し…ぼーっと頭が動かなくなります。体を休ませようと布団に入っても、明るい昼間から泣き叫びながら眠りにつきそうで、…休むより、誰かと仕事している方が、貢献しながら他愛もない話ができますし、防波堤ができるようで楽です。
また、外に出て何か調べたりしている方が、気が紛れます。外出先でグリーフケア入門講座に申し込み、仕事の資格勉強の添削課題に取り組みました。テキストを読んでいると、頭がクリアになります。
強い悲嘆の間は、とてもエネルギーを消耗している、だから休息をと読みました。もうしばらくの間、日中何度も思い出し泣きが頻繁で、気力が湧かないことが続いているので、鍼灸ケアも受けてきます。そしてまもなく、また感話担当日が巡ってきます。お話しできるエピソードはあるのですが、自問自答しながら違う違うと、くしゃくしゃ丸めて白紙に戻るのエンドレスループです。
ただ一つ、確かに言えることは…ここまで書いた今、巻き戻してあの頃に行きたい、あの頃の自分に戻りたい、過去を変えたい、という気持ちには今はなっていません。もし戻っても、私は何もできないし、今ある関係の絆が、温かく満たされたものだからです。梅の木の人だけではなく、もっと周りが助けてくれ、理解してくれる環境が今、ここの私にあります。
次の出勤日が待ち遠しく、あれもこれも、したいことが沢山。淡々と空気のように動く、そういられる時間を大切に味わいながら、尊い時間の中に佇める、平穏に包まれる幸せに感謝で心が和みます。
また、お手紙を書かせてください。お読みくださりありがとうございました。
南無阿弥陀仏
Kousyo Kuuyo Azumaさま 願誉浄史さま
ありがとうございました。
鍼の先生にも傾聴いただき、おかげさまで楽になりました。
あらためて、グリーフケアの重要性を痛感いたしました。
温かく優しさに溢れたお言葉、身に沁み入りました。
あらためて、生かされている日々を大切にすごしたいと思います。
こうして繋がってくださったことに感謝申し上げます。
南無阿弥陀仏



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
◆個別電話ってドキドキして勇気のいることだけれど、声が届くから、聞こえてくるから、ちゃんと繋がっているようで、そばにいるように安心出来ることもあります。
◆ 終末期ターミナルケア、看取り、希死念慮、自死、グリーフケア、トラウマ、PTSD、子育て、産前産後うつ、不妊、傾聴、手話、要約筆記者 としても、サポート
◆出来るだけ希望時間にお応えしたいと思いますが、午前中は毎日 法務があります。
(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )