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孤独と向き合う

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有り難し有り難し 15

現在、うつ病と骨折の後遺症で自宅療養中です。

独身で頼る事の出来る人もおらず、精神的にも身体的にも疲れてしまい、孤独にさいなまれてしまいます。

年末年始世間は賑わっていますが、私は誰とも会う予定もなく、余計に寂しさを感じます。自宅に一人でいると、ついついマイナスに物事を考えてしまいます。かといって病気とケガのため外出するのも辛いです。

年末年始の孤独感を乗り切る心の持ちようをご教授下さい。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ジャングルジムの、おはなし。

孤独というのは、ただ単に人と接触がない状態だけを指すのではありません。
集団でいても、孤立していれば、それは「孤独」の範疇に入ります。

でも、「自己受容」できていれば、決して一人ではないんですよ。
難しいですね・・・

私の例です。

私が通っていた小学校では、昼休みに運動場でサッカーをしていました。
しかし、私はサッカーが苦手だったのです。
なんとか輪に入りたいのですが、じゃまになるみたいで、誰もボールをパスしてくれません。

皆が賑やかにサッカーをプレイしている中、私は一人突っ立ていました。
これが「孤独」状態です。

そんな中、ジャングルジムが目に飛び込んできました。
「そうだ、小石を当ててみよう」
これがけっこう楽しかった。
当たったらカキーンって音がする。

一人で小石をジャングルジムへ投げていると、あることに気付いたのです。

「べつに皆とサッカーしなくても、楽しい事はいくらでもあるな」

サッカーがヘタクソで不器用な自分を、ありのまま受け容れた瞬間でした。

大勢の中で無視されてるよりも、独りでしたいことを自由にしている方が幸福だったんですね。

過去の質問を読ませていただきました。

お友達的な方と折り合いがつかなかったとのことですが、、、
結局人付き合いの延長には、自分の望まない結果がついてくる可能性は充分に考えられます。
だって、他者には他者なりの意思がありますので。

まず、今のありのままのご自身を受け容れて下さい。

hasunohaのご質問を多数拝読しておりますと、ほとんどの方が人間関係でのお悩みをお持ちです。
このような様々な問題を解決していくには「自己受容」なしではありえないと、そう私は考えております。

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有り難し
おきもち

時宗の寺院で住職をしています。 今の時代、お寺の在り方とは、僧侶とはいっ...
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質問者からのお礼

有難うございます。
自己受容が出来れば、もっと楽な気持ちで生きていけるかもしれません。
そう生きていけるようになりたいとおもいます。

「孤独と向き合う」問答一覧

孤独の力に負けてしまいます

何度かご相談させていただいております。寂しさ、孤独については3回目くらいのご相談になります。 私は孤独を感じるとネガティブスイッチがオンになり、自分が可哀想な理由を思い出の中から引っ張ってきたり(過去に傷ついた出来事など)、涙が止まらなくなったりして、目の前の事に集中できなくなります。幸い、誰にも迷惑かけない程度に自分の心の中にネガティブは収まっているのですが、自分にとって大変迷惑で、今年はこうなってしまう自分を卒業したいです。 現在、恋人はおらず、友達はいますが、この状態になった時にすぐ電話をかけられる人はいません。友達はみんな違う街に住んでいるので、なかなか会えません。時々電話はします。できれば、自分で自分の感情を落ち着かせたいです。 また、今どうしても頑張らないと行けないことがあるので、地元のコミュニティに参加するなど余裕はありません。もちろん、余裕ができたら参加していきたいとは思っています。 前より自分を客観視できるようになって、ネガティブスイッチが入った時、このまま行くと自分を可哀想だと思い始めて、記憶を漁り出すな、と認識できるようになりました。ここまではうまく行っているのですが、寂しい気持ちを処理できずにどんよりして、集中力が落ちたり、眠れなくなったりします。眠れない時は次の日にも響いて、ネガティブを持ち越すこともあります。 寂しい気持ちはどこにやってあげたらいいでしょうか。ネガティブな感情との向き合い方のヒントをいただけると幸いです。宜しくお願いします。

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将来親が死ぬことと自分が孤独になること

中年ですが親の死が怖くてたまりません。 先日祖母を亡くして以来恐怖が強くなり、夜眠れず、朝から突然涙が溢れます。 私はひとりっ子で同居しています。 日頃から絆を感じる友達はおらず、新しい仲間を作りたいと思い行動してもうまくいかず、一人きりです。 親とは他の仲の良い家庭と違って行動は昔から常に別々ですが、今思うと私の人生は親が全てだったと感じます。 本当に何もかもお世話になっていて、たくさん反発しましたが精神的にも常に助けられて来ました。 そのことに気づかないくらい当たり前になっていて、それくらい当たり前のように救われて来ました。 こう書いていてまた涙が溢れます。 若い頃に社会不適応と診断されたことのある自分は職場でも孤立しているため、一般的な大人のようにフルタイムで働くことがとても厳しいです。 でもなんとか自分のものになるようにと、今の職場で新しい勉強に取り組んでいる最中ですが、なぜか身が入らず、メンタル的にも不安定で、将来が怖くて怖くて仕方ありません。 今親は健康で、家事は家族全員で分担し、うまくやっています。 でも当然ですがこの日常はいつか終わります。 だれもが通る道だしそれが世の常だ。って分かっていても、どうしようもなく怖くて、毎日が本当に本当につらいです。 恐怖が心から消える瞬間がほとんどありません。 どうすれば、今目の前なことに集中して、心を穏やかにできるでしょうか。 また、こんな自分が今後孤立して孤独にならない方法はないでしょうか。

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なぜかいつも一人

子供の頃からふとはぐれてしまったり、輪に入れずに一人になってしまうことが多く、ここのところはやっぱり週末も誰かと過ごすというよりは一人で出かけたりということばかり。 誰かとつるむことがそれだけで良いことかといえばそうではないだろうし一人でいる時にはないトラブルや悩みもあろうかとは思います。 他人で自分の穴を埋めようとしてはいけないとは思います。 外国人の友達はよくできていた頃があって、それでも彼らは帰国して物理的距離に反して会いに行けば大丈夫なのですが親兄弟には言われぬ日々の暮らしでの喜び悲しみを共有する相手がいなくて、それは少しつらいです。同時に、一人いればそれはふと虚しさに襲われて、一人でいない時もやっぱり虚しさに襲われて、でも何かを誤魔化す、紛らわすツールとして誰かと一緒にいたいというわけではないとは思ってます。 虚しさ、これが人をして私から遠ざける何かなのかもしれないです。 飲み屋だスナックに行って人恋しさを紛らしている自分がなにを求めているのかもわからないです。コロナ禍の時に父親が極度の警戒心から出歩かないでくれと言っていた時期には達観した気になって私なら孤独感に苛まれまいと平気を貫いてきたかにみえたのですがつらいのは果たして孤独感なのか、自分の声が誰にも届くことない感覚、あ、それも孤独感なのか。 これとても数十年したらみんないないんだろうなとかやっぱり独りになるんじゃなかろうかと、要らぬ心配なのでしょうがまた虚しくなり。 結局は他人は変えられないし自分だって思うようには操縦できないし、世界は自分のためにあるわけではないし思い通りにいかなさを納得するとか泣き出したいこんな気持ちを飼い慣らすかする術をどうにか身につけたいです。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ