皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

実家の宗教で、悩んでいます。

初めて質問させて頂きます。

私の実家の宗教(仏教の宗派です)では他宗教のお寺や神社への参拝、合掌等が禁止されています。
子供の頃は、教えに何の疑問を抱かず、お寺や神社への参拝や合掌は全くやっていませんでした。

ですが、宗教的に禁止されているとはいえ、日本の神様や仏様を軽んじるような教えに疑問を感じています。

出来るなら神社やお寺への参拝はきちんとやりたいと思うようになりました。
(両親は反対しており、認めてはくれません)

実家の宗教にも大切な教えや信仰がある、というのは理解出来ます。
ですが、同じように他宗教にも大切な教えや信仰があるのだと思います。

私は実家の宗教の教えを否定したくはないですが、他宗教の教えも否定したくはありません。

どの宗教も大切なものだと思うのですが、その宗教では、それすらも禁止されているような空気に苦しさを覚えています。

他宗教の神様や仏様を否定する行為が申し訳なく、かといって実家の宗教の教えを否定するのも申し訳ないという優柔不断な気持ちをどうして良いものか分かりません。

難しい質問になってしまい、申し訳ありませんが、アドバイスをお願い致します。

お参り
有り難し 20
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

宗教ってなんでしょう?

拝読させていただきました。

本当の宗教は「空間」を大事にします。

宗教は、特定の神仏を信仰したり、教えを大事に握りしめて生きていくことではないと思います。

大事なのは、それらを取っ掛かりとして、自分が固く握りしめている「特定の考え」を手放していくことです。

宗教は人間が幸せに生きていくためのものです。なにが人間の幸せの邪魔をするか?「これじゃなきゃダメ」という考えです。なんでも好き嫌い良い悪いと2つに分けて比較して、どちらか一方だけに特定の価値をおく。これが争いや執着を生みます。

これを手放すのが宗教の醍醐味だと思います。「これだ!」というものを持たなければ自分の中に何も残りません。「空間」ができます。この空間にこそあらゆるものを受け入れる力があります。認めてあげるちからがあります。なにも持ってませんので敵もいません。すべてに繋がりが見出だせますし、なにも持っていなくても充足感があります。自然と感謝できます。

ご両親がお寺や神社に行くのを反対するのは悲しいですが、星ノ宮様が、空間を大事にしてさえいればどこで手を合わせても大丈夫だと思います。

回答僧

願誉浄史

神様に仏教を教えてあげましょう

タイトルは、神様には失礼な言い方ですが、
とにかく、あなたの宗派の教えがそんなにりっぱな教えならば、神様だってその教えを知りたいでしょう。
ですから、神様に手を合わせて、心の中であなたの宗派の拝み方を念じればよいのです。
りっぱな信仰を実践しているあなた自身を、神様に奉納すればよいと思います。


質問者からの有り難し - お礼

宗像義順様
ご回答ありがとうございます。
分かりやすく、「空間」とは奥が深い物だと痛感致しました。
人を幸せに導くはずの宗教なのに、教えによって行動が制限されたり、思考を制限される事が苦しくてなりませんでした。
そう言って頂けて、心が軽くなりました。
たくさんの神様や仏様と触れあえない事が悲しくてならなかったので、これからは少しずつ参拝をしていこうと思います。
ありがとうございました。

願誉浄史
ご回答ありがとうございます。
自分の信仰や教えを神様に報告する、とても素敵な考えだと思いました。
実家の宗教では禁じられてしまい、神様や仏様と触れあえない事が苦しくてなりませんでしたが、そう言って頂けて本当に嬉しく思います。
自分の信仰を神様に報告し、それを奉納するという事を目標に、清く正しく生きていきたいと思います。
本当にありがとうございました。

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