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やるせない気持ちをどうすればいいのか

回答数回答 1
有り難し有り難し 22

私には子供が1人おります。
できればもう1人…と思っているのですが、
経済的な理由もあり、なかなか踏み切ることができません。

しばらく前に、知人から4人目の子供ができたと聞き、
私の心はそれから穏やかではありません。

知人夫妻は、
両親に養って貰っているような状態で、
さらに車や持ち家まで手に入れました。

1人子宝に恵まれたことは、有難いことだと思っています。
しかしこのような話を聞くと、心中まったく穏やかではありません。
経済力の無い自分にも、恵まれた知人にも腹が立って仕方が無いです。

頑張って働いているのに、子供を作ることもできない人間がいるのに、
いたって健康なのにまともに働かず、沢山の子供を養える人間がいる
という現実を、どのように受け止めればいいのでしょうか?

お助けください


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

本当の満足

やるせない気持ちになる現実ってありますよね。
その知人夫婦、羨ましいです。持ち家に車、そして4人の子ども…私も喉から手が出るほど欲しいです。

しかしどうでしょう。私の満足とはなんでしょうか?

みんなが子ども1人なら私も満足でしょうか。みんなが同じ家・車なら満足なのでしょうか。みんなに子どもがいないのなら、私にも子どもがいなくとも満足なのでしょうか。

それは違うでしょう。

周りのとの比較による私の満足とは本当の満足ではないのです。周りとの比較によって変わる私の幸せなど虚しいだけです。
いくら羨ましがっても私の現実は変わりません。もし周りが不幸になろうと私が満たされていなければ私は幸せにはなりません。

その知人夫婦が破産したり、一家離散になればあなたは幸せになるでしょうか?

周りとの比較は一つの基準ではありますが、その相対的な幸せでは人は満足しないのです。

あなたがあなたの人生に満足しなければいけません。

お釈迦様は一国の王子でしたが地位も名誉も家族も捨て出家されました。それでは満たされなかったからです。それでは生老病死の問題を解決できなかったからです。

しかし私たちが欲するのはまさに地位や名誉や家族(愛)ではないしょうか?それが全部でなくていい、どれも少しずつでいい、とはいっても結局人間が目指しているのはミニお釈迦様(出家前の)、つまりミニ国王です。

ですが、それでは満たされませんよ、とお釈迦様は教えてくださっています。

地位も名誉も家族ですらも永遠ではありません。そして何よりこの私が永遠ではありません。諸行無常の真理の前には人間は虚しく去るのみです。手にしたものも、手にする私も消えていきます。

私は私に満足しなければいけないのです。

あれがあっても、これがない。これがあればあれがない。そのままでは何を手に入れても満足しないでしょう。

私が私でよかった。私は生まれてきてよかった。

そう言える私とは何か。見るべきは私の外でなく、私自身です。奥様にお子様に目の前の仕事、様々なご縁に生かされながら、足りない足りないと生きていくか。あれもいただいたこれもいただいたといきていくか。

あなたの幸せは何でしょうか?

追記
比べるなと言っているのではありません。比べない人などいません。しかし比べることは本質的な解決にはならないと言っているのです。

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はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
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質問者からのお礼

お忙しいなか、ご回答ありがとうございました。

他と比べることに意味は無い、問題は自分のありようである。
ということですよね。

耳にするたびに、そうだよなあ、と思うのですが、
「比べない」というのが存外難しく

たとえば、仕事帰りにコンビニのおつまみと缶ビールでひとり乾杯していて
良い気分になっていた。
そこに、友達が神戸牛食べながら赤ワイン飲んでワイワイやっているのを知った。
SNS時代、こんな話ありふれてますよね。

これでも、比べたり羨みの気持ちが起こらない人っているのでしょうか?
「それでも自分は自分で満足」といえない人が多いから
こんなに皆の悩みが尽きないのでは無いでしょうか。

究極的には、
目も耳もあえて閉じて閉じこもる
というのが良いのでしょうか?

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