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ペットを殺してしまった。

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有り難し有り難し 38

3年飼っていた雌鳥、毎日卵も産んでくれていたしとてもなついていました。

常に鳴き声がうるさくて、近所迷惑がとても気になっていました。

今日も午前中からギャーギャーうるさかったので小型犬用のゲージに閉じ込めました。
それでも中からの鳴き声がうるさいので毛布をかけました。

「危ないかも」と思いながらも夕方まで放っておき、さっき開けたら死んでいました。

まず、浮かんできたのは「まずい。パートナーになんと言おうか」次は「でも、うるさいのが一羽減った」でした。最後に「可愛そうなことをした」でした。

パートナーには正直に話すつもりです。

お坊さんに話を聞いてもらうことで心の安らぎを得ようとしている自分がなお嫌になり、今後の人生が恐ろしいです。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

命をかけて教えてくれた。

今朝は何かで虫の居所が悪かったのでしょう、
そのはけ口を鳥にぶつけてしまったのですね。

はけ口をぶつけた結果が自分の思いもよらない結果を招いてしまった。
だから、「パートナーになんと言おうか」と一番に思ったのでしょう。

これは単なる保身ではなく「悪いことをした」という罪悪感が最初にあるからこそ出てきた思いです。

「うるさいのが一羽減った」は、言うなれば罪悪感を誤魔化すための自分への言い訳です。

本音は「可愛そうなことをした」ということだろうと思います。

彼に正直に話すつもりになって、その前に「お坊さんに話を聞いてもらう」これは言うなれば深い罪悪感を軽くするための懺悔です。

あなたが「悪いことをしてしまった」という感情がよく見て取れます。

良い勉強をさせてもらいましたね。
相手が人じゃなくてよかったです。

一時の感情にまかせて、他を巻き込んでしまうと、思いもよらない結果を生んで、返って自分を苦しめてしまいます。

イライラや怒りの感情から生まれたものは、必ずあなたに不利益をもたらします。
吐いた唾は必ず自分に戻ってくるのです。

死なせてしまったことを後悔するのではなく「鳥が命をかけてあなたに教えてくれた」と思って、繰り返さないように気をつけることです。

今の罪悪感を無駄にすることなく、あなたが自分の身を正すことで、鳥もきっと浮かばれることと思います。

亡くなった鳥さんに、「ごめんなさい、ありがとう。」と心から伝えてあげて下さいね。

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過去のことは気にしない

もう時間は戻らないです。

後悔しても仕方がないこと。それだけです。

今後のために、うるさい近所迷惑かもしれない。静かにさせなければこれらはすべて鳥に原因があるのではないです。あなたの心の中にあります。問題にしているのは鳥の声ではなく、あなたの心です。心に振り回された結果としてこうなったのです。

こうなったことについて、善悪もありません。生命の働きが止まる条件がそろっただけのことです。

時は過ぎています。過去のこととなっています。現実のみを受け入れるだけのことです。悲しいことですが考え込むことは苦しみを生みだします。

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有り難し
おきもち


禅宗 曹洞宗 僧侶。神奈川県西部円通寺副住職。 悩みを吐き出す事で、ちょ...

質問者からのお礼

円通寺 邦元様

早速の回答をありがとうございました。
おっしゃる通り、原因は私にあり鶏は死んでしまいました。

考えずにはいられず、罪を感じながら生きていかないとまた同じ過ちを犯してしまいそうです。

現実を受け入れて自分の心と向き合って行こうと思います。

ありがとうございました。

受法寺 小原観慈様

早速の回答をありがとうございました。

とても申し訳ない事をしたと改めて感じました。
まだまだ感謝するという気持ちは持てそうになく後悔が続いていますが、お墓に向かって「ありがとう」と伝えていきます。

怒りは不利益をもたらすという言葉をこれから大切にして、残りの鶏達との生活や生き方の教訓にします。

ありがとうございました。

「ペット・大切なものの死」問答一覧

愛犬の死

3日前に愛犬のゆきが亡くなりました。14歳でした。認知症がかなり進んでいて、最後は自分の足を鎖と間違えて噛みちぎり病院に運ばれて、安楽死で死んでしまいました。先生が「このまま生きてても今夜が山。手術はできんこともないけど足を切断して義足にするからかなり痛いし疼いてずっと苦しむことになる」と言われ、私と祖母で話し合った結果、そうすることになりました。 ゆきが亡くなった後、本当に私たちの決断がゆきの望むことだったのか、勝手に人間のエゴで決めて私たちが殺したようなものなんじゃないかと自分を責めてしまいます。周りに「あまり悲しむと成仏できないから考えるな」「畜生は参りに行くと良くない。いいとこに行けないから」と言われるのですが、本当にそうなのでしょうか。思うことすら良くないことなのでしょうか。 前日までは元気だったのに、1日で冷たくなってしまうなんてあまりにもあっけなくていまだに信じられず、受け入れられずにいます。毎日考えてはいけないと思いながらもゆきのことを思ってしまい、一緒に撮った写真や動画を見てしまって泣いてしまいます。どうすれば受け入れて乗り越えることができるのでしょうか。 文章がぐちゃぐちゃですみません。よろしくお願い致します。

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亡くなった犬に対しての気持ち、懺悔

昨日飼っていた犬が急に亡くなりました。 最期は痙攣して何時間も苦しみながら亡くなりました。母が仕事から帰ってきたら車で病院に連れて行くはずだったのですが間に合いませんでした。 息を引き取った際側にいたのは私だけだったのに、痙攣しているとき苦しんでいる犬を見るのが怖くて耳を塞いで側から離れて逃げてしまいました。 母は亡くなった犬に、私が側にいたから寂しくなかったねと声をかけていましたが、違います。私は苦しむ犬を見るのが怖くて逃げてしまい、まともに目もみてあげられませんでした。寂しい思いをして痛くて苦しくて辛かったと思います。何時間も鳴いていたあの苦しそうな声が頭から離れません。 最低な飼い主だったと思います。もっとたくさん遊んであげてたらストレスもなく長生きできたかなとかあのとき怒りすぎたかなとか、本当に後悔することしかないです。 8歳だったのですが、短命だったのは私のせいなのではないかと罪悪感を抱いています。大好きで大切だったのに、そこにいるのが当たり前みたいになっていて、ちゃんと愛を伝えられていなかったと思います。何時間も苦しめて最期亡くなるときもしっかり見てあげなくて、本当に酷いことをしてしまいました。 犬はうちに来て幸せじゃなかったかもしれません。犬のことを考えるのが怖いです。ごめんなさいと言いたいです。犬は私を恨んでいるでしょうか。許されないことをしてしまったと思います。自分を殺したいです。これからどんな気持ちで生きて行けば良いのでしょうか。

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愛犬の死との向き合い方を教えてください。

先日、大好きな愛犬が亡くなりました。16歳1ヶ月でした。実家で飼っており、母が1人で面倒を見ていました。 脳腫瘍であることが昨年わかりました。泡を吹くほどの痙攣を何回も起こし、その度に胸がえぐられる様な気持ちになりました。今年の3月から寝たきりになりました。 母は仕事で日中愛犬がひとりぼっちになるため、亡くなる2ヶ月前から子どもを連れて毎日介護に通いました。私がちょうど育休だったのが幸運でした。 頭の痛さから毎日のたうち回ります。自力で排便できず、その痛みから悲鳴をあげていました。毛も抜け落ち、可哀想で仕方なかった。何とかして助けてあげたくて、獣医さんと薬を相談したり、マッサージをしたり色んなことを試しましたが、悪化していきました。 子どもが8ヶ月で、なかなか目が離せず、子どもが泣いては愛犬が泣く、子どもが昼寝したと思ってよし私も休もうと思うと、愛犬が起きて悲鳴をあげる、目を話した隙に子どもがつかまり立ちから転んでる、そんな毎日でした。 愛犬からたくさんの幸せをもらいました。だから、絶対恩返しするんだ!という強い気持ちで介護をしていました。でも、あまりに悲鳴がすごい時は「もうどうしたらいいの」と一緒に泣いたり、「今日は介護に行かないで子どもと1日遊んでいたいな」と思ったりすることもありました。あまりに眠すぎて、愛犬が苦しんでるのに、ごめんねと言って寝てしまうこともありました。でも、何があっても毎日通いました。1人になんてさせておけませんでした。 亡くなる前日は、愛犬が亡くなることが何となく分かったので、とにかく抱っこして、ありがとう大好きを伝えました。その日の夜中、穏やかに亡くなりました。 愛犬が亡くなってから、なんて薄情者なんだと毎日自分を責めてしまいます。愛犬を疎ましく思ってしまった気持ちが伝わってしまったんじゃないか、寂しくて悲しかったんじゃないか、ずっと考えています。1番苦しかったのは愛犬なのに。苦しくても頑張って生き抜いてくれたのに。 感謝の気持ちと、大好きも伝えていたつもりです。でも、愛犬に対してマイナスの感情を抱いてしまったことに対して罪悪感の気持ちで一杯です。飼い主失格です。 この気持ちと、どう向き合ったら良いのでしょう。未熟な私に、どうがアドバイスをください。

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大切な家族ハムスターを殺してしまった

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亡くなった愛犬は、幸せだったのでしょうか

16歳1ヶ月の愛犬が亡くなりました。   出会いは中学3年生の時。家族で1番溺愛していました。 大学4年の頃、両親が離婚。母が愛犬を連れて家を出ました。愛犬は父が大好きだったので、精神的ショックを受けないよう、母と絶対愛犬を幸せにしようと誓い、愛情を注いできました。 愛犬が13歳の時、次々と病気が見つかりました。獣医と相談して、生活の質を落とさないようにやれることをやりました。去年の秋、15歳半ばで脳腫瘍が見つかりました。私は出産間近でした。 痙攣の頻度が増えました。大切な愛犬が、泡を吹いて痙攣している。受け入れ難い光景でした。何とかして助けたくて、痙攣を起こしたら座薬をさし、治らなければ病院へ行く、そんな毎日でした。 子どもが産まれてから、精神的にも不安定で、適応障害になりました。愛犬に会えなくなった間も、懸命に生きてくれました。 今年の6月から愛犬は一気に弱り、寝たきりに。毎日の痙攣と、痛みで何時間も悲鳴をあげました。私の体調も良くなり、毎日子どもを連れて介護に通いました。子どもが立ち歩きし始め危なっかしくて、愛犬に十分な介護をすることができませんでした。でも、精一杯向き合いました。 亡くなる1週間前から、愛犬を可愛がってくれた人が遊びにきてくれました。亡くなる前日は、抱っこしながらたくさん話しかけました。虹の橋のこと、私がどれだけ幸せだったか、感謝しているか。亡くなる数時間前、一切何も口にしなかった愛犬が水を飲みました。私と母は大喜び。意識もないはずなのに、愛犬はチラッと私の顔を見ました。信じられませんでした。 その日の夜、母が「1時間おきに起きるから、あなたは子どもと寝なさい。」と言ったので寝ました。愛犬は母の隣で、その近くで私と子どもは寝ました。夜中、息をしていない愛犬を母が見つけました。まだ柔らかく、あったかい体。とても穏やかな顔をしていました。苦しまずに逝ったのだと感じ取りました。 やり切ったつもりです。でも、子供の世話もあり介護に集中できなかった、最期の夜寝てしまったことが悔やまれます。壮絶な闘病生活を送った愛犬を看取りたかった。 後悔が次々に出てきます。もっとできたと自分を責めています。愛犬は幸せだったのか。一生分からないことなのは理解しています。でもどうか幸せであってほしい。この気持ちとどう向き合っていったらいいか分かりません。

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愛犬の死。完璧主義で自分が許せない。

先日16歳の愛犬が亡くなりました。 私にとって愛犬は、自分の命を犠牲にしてでも守りたい大切な存在です。就職してからなかなか会えなくなったけど、仕事に慣れてから暇さえあれば会いに行きました。 私は完璧主義な人間です。4年前から愛犬に次々と病気が見つかり、その度にやれることをやり尽くしてきました。昨年妊娠したときも、お腹が大きいのに愛犬の注射に病院に通いました。自分でもやり過ぎだと思います。そして、昨年愛犬に脳腫瘍があることがわかり、頻繁に痙攣を起こすようになりました。 子どもが産まれ里帰りをしたので、愛犬と子どものお世話をしました。初めての育児、介護。上手くいかず自分を責めたことで鬱状態になりました。布団から起き上がれなくなり、4ヶ月自宅療養しました。その間は愛犬の介護はできませんでした。母は仕事をしているので日中愛犬は1人です。今痙攣が起きていたら、そればかり考えていました。 私が回復した6月から愛犬が一気に弱り、寝たきりになりました。毎日子どもを連れて介護に行きました。子どもがハイハイ、伝い歩きするようになり、目を離すと転んで怪我をしました。介護したいのに子どもも目が離せない、どちらも大切で守りたいのにどちらも中途半端。苦しみました。 少しずつ慣れ、笑顔が増えてきましたが、全身の痛みから何時間も泣き叫ぶ愛犬を前に途方に暮れ、叫んでしまったこともありました。今日はゆっくり休みたいと思ったこともありました。でも、何があっても毎日介護に通いました。私を大好きでいてくれた愛犬への恩返しだと思って、その時できることをやったつもりです。 亡くなる前日、もう愛犬が長くないと思い、その日はずっと抱っこをして話しかけました。どれだけ私が幸せだったか、ありがとうと声をかけて寝ました。その日の夜中に息を引き取りました。穏やかで優しい顔をしていました。 亡くなってから愛犬の介護を100の力でできなかったと考えています。数字で表すのも変ですが、今まで愛犬に100だったのが、子ども60愛犬40になりました。もっと頑張れたのにと後悔しています。完璧主義が影響しているんだと思います。壮絶な闘病生活を生き抜いた愛犬に、自分は果たして恩返しできたのかと自問自答しています。 この気持ちに、どう折り合いをつけたら良いのでしょう。未熟な私にどうか言葉をください。

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勘違いから小さな命を殺してしまった

息子2人の継母で、旦那と4人家族です。(詳しくはプロフィール御一読頂けますと理解いただきやすいとおもいます) 我が家の庭で、ニワトリとカモを飼っています。鶏は全員メスですが、カモは雌雄両方いる為有精卵なので、鴨の卵を羽化させる為にニワトリに座ってもらって温めてもらっていました。これは、子供と旦那が言い出して始めたこと。 実は、数ヶ月前に一羽だけ羽化していた事があり、子供たちの親権スケジュール上子供達不在だった為、結局私が面倒をみる羽目になり面倒みたらみたで母性がわいてしまい、約一週間ばかり私も面倒みながら可愛がっていましたが、子供達が帰宅後ひなの面倒を見ていたら(私は屋内で調理中だった)息子9歳が謝って踏んでしまい、殺してしまった。 家族みんなで大変ショックな出来事で、私も悲しみから2,3日涙していましたが復活し、私はもう鴨の羽化計画に関して一切関与しませんと家族に伝えていました。 息子と旦那は、亡くしてしまったならばまた羽化させようと、再度チャレンジ・6月下旬からいくつかまた鴨の卵をニワトリの下で温めてもらっていました。(卵には温め始めた日付が記載) 私は毎日鳥たちに餌をあげるのですが、殺気だって座っている卵温め中のニワトリをみると、なぜか可哀想に思っていました。 そして最近私の頭の中で、(もうずいぶん経ってるけど何も変化がないのだから卵を排除して、卵温め中のニワトリを自由にしてあげよう!)と考えていました。 子供たちも旦那も、羽化用卵をチェックすることもこれまでありませんでしたから、もう誰も気に留めていないと思っていたのです。 そして今日、もう卵に変化見られないのだから卵はニワトリに食べてもらって、お母さんモードで座りっぱなしのニワトリを自由にしてあげようよ!と言って、子供たちに卵を排除するよう言いました。この時、旦那も子供も私の伝えたことに賛成していた。 そして子供たちが卵を割ったらアラ大変。未熟な雛が鳴いて出てきた。子供たちは大変ショックで、上の子は泣いていた。家族からはその後なぜ日付をチェックしなかったのか。そろそろ羽化予定日だったのに。と責められた。 小さな命を私のせいで殺めてしまった事、子供たちにショックな事をさせてしまった事、でも責められた事への多少の怒りと不信感があります。このモヤモヤから解放されたく、ここに辿り着きました。

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ペットの死と向き合う事が出来なかった

10年半共に生きてきたセキセイインコの死から逃げてしまいました。 眠そうにしている日が多くなり、年を感じていたのですが、ある日多尿になり、糞もおしりに付くようになり、明らかに元気が無い為、ずっとお世話になっている鳥専門の病院へ連れて行きました。 診断の結果、精巣腫瘍で、手術等は出来ない為、餌に混ぜる漢方で、ゆっくり終わりを待つ事に。 しかし、3日経つと、食欲が落ち糞を自力で落とせなくなり、介助しなければいけなくなりました。 ウチの子は、手乗りでは無く、捕まるのをとても嫌がりました。 糞を取る間は鳴き叫び、心臓をバクバクさせていました。 そこで、また病院へ連れて行きました。 3日前より1g増えていましたが、胸骨が出て痩せている為、腫瘍が大きくなり、内臓を圧迫している為に、糞が出にくくなっているとの診断でした。胃腸の働きを良くする飲み薬を処方されましたが、 「今年の夏を越えられるかどうか…」と言われました。 家に帰って、保温し、夜寝る前に、糞が付いていたので、取ってあげましたが、抵抗が弱く、すんなりと終わりました。 翌日、餌を食べなくなり、ほぼ動かずに寝ている様になりました。 なぜ!?どうしてこんなにも早く悪くなったのか。あまりストレスを与えたくないと思い、見守っていました。 それでも、苦しそうに「キャッキャッ」と鳴きながら踏ん張る姿に、糞は取ってあげなければと、捕まえて糞を取りました。 それから、肩で息をし、変なプチプチ音がする様になり、怖くて怖くて仕方なくなりました。 そこで、これ以上苦しめたく無いと、安楽死を夫婦で決めました。 翌日、夫が病院へ電話をし、安楽死への打診をすると、先生が、「処置等はしないが、入院という形で預かる」と言って頂けました。 苦しめたく無いと安楽死を選んだのですが、先生のご好意に甘えてしまったのです。 そして、わずか3日後…亡くなりました。 眠る様だったと言われたのが救いでした。 翌日、ペット霊園に行き、葬儀をし、火葬と、共同墓地へ収めて頂くようお願いし、帰りました。 正直、亡くなったと聞いてから、ホッとしました。小さな箱を買い、棺にして、お花で飾り付けました。 けれど、やはり、10年半もの間一緒にいた家族の死から逃げてしまった事への罪悪感に胸が痛みます。 お叱りでも構いません。何かお言葉を頂けましたら幸いです。

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