真言密教からみた障害者の立場
いつもお世話になっております。
まずは先に、お詫びとお願いを申し上げます。
この質問の題名および趣旨が私の見当違いであった場合は、平にご容赦くださいますようお願い申し上げます。
ご縁を新たにして以来、今のところは具合が順調に落ち着いております。ですが、あらたなお寺も件の寺と同じ新義真言宗の寺院です。
件の寺では、しゃべり好きのおじいちゃんが若いお客様に一生懸命お寺のルーツや住職さんの経歴を聞かせてあげていたのをカウンターの寺務員さんが集団でにらみつけていたり、
祈祷の後のお話でお坊さんが「ちょっと指導を受けただけで退職や中退してしまうような弱いお子さんに育ててはだめですよ…」などと言っておられたり…
そこで、ご質問させていただきます。
真言密教、おもに新義真言宗では自分で覚りを開く能力のない障害者や病人、そしていわゆる「弱い人」は、
救済や極楽往生の対象ではないのでしょうか。地獄や畜生道、餓鬼道などに落ちてしまってもかまうな、という教えなのでしょうか。
私は平日の昼間に出歩くなど頻繁なので、次のお寺様とご縁が切れてしまったり、大好きな仏さまと疎遠になってしまうのは悲しいです。
私たちは、真言宗さんにお参りしても本当にいいんですか?
見当違いな質問だったら大変申し訳ございません。
これからも様々な仏様とのご縁を大切にしていきたいので、
どうかご教授願います。
発達障害があるが、他の患者が苦手、健常者さんに負担を強いる障害者が許せない、 医師の悪口を言う僧侶が許せない、選挙で体調崩す、医師を顎で使ったり「薬減らせ」とごねる患者に辟易 #薬は悪くない
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
普回向
川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。
ほぼどの宗派においても用いられます普回向においては、「願わくは此の功徳を以て、普く一切に及ぼし、我等と衆生と、皆共に仏道を成ぜんことを」とございますように、我々は、常に全ての者たち、一切衆生が、皆等しく悟りへと至れますようにとして、毎日功徳回向に努めさせて頂いております。
仏教は、輪廻の迷い苦しみにある一切衆生、皆へと慈悲を一様に及ぼし、皆が救われますようにとして、仏道に励むことが求められるものとなります。
当然におっしゃられておられる方々も救済の対象となります。
三宝帰依・菩提心生起
すべての有情を救済しようという願いによって
仏陀・仏法・僧伽に
悟りの心髄に至るまで
私は帰依いたします
智慧と慈悲を持って精進し
すべての有情を利益するために
私は仏陀の御前に
完全なる菩提心を生起いたします
この虚空が存在する限り
有情が存在する限り
私も存在し続けて
有情の苦しみを滅することができますように
川口英俊 合掌
質問者からのお礼
【川口 英俊 先生】
ご回答ありがとうございます。
今日NEWお寺でも聞いたら、まさに川口先生の仰ったのと同じ答えが帰ってきました。
「お不動様が目や牙を上下バラバラに向けているのは、上も下も差別する事なく救済、済度するため」とも教えて頂きました。
無職だから、障害持ちだから来ちゃいけないなんて事はない、そんな場所じゃない。
お坊さんは仰っていました。
安心してこれからもお参りができます!
阿弥陀如来は私の親、
不動明王は私の青春です!
先生がた、本当にありがとうございます!!