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起きたことって全て前世の因果?

私の行く環境(仕事)の中に必ず自分を嫌って嫌がらせしてくる女性がいます。
絶対に女性なんです。どこに行っても同じでした。

私が何をしたんだ!って言うぐらい現れます。ちなみに全く関わりのない人ばかりです。

ストレスはたまりますが、自分を嫌う人は必ずいる!と思って嫌がらせされないようにするんではなくてそういう人とうまく付き合うのがいいのかなと。(相手にしない、関わらない、周りに相談)

ところで、前世での因果はあるのでしょうか。昔(女性から)いじめをずっと受けてたりなにかと女性から酷いことをされます。
同じことがぐるぐる回ってるんです。
なにかをされても我慢して乗り越えろと教えられてるような気がします。

ですが今の部署はなかなか人に恵まれ、嫌がらせ相手とも部署が離れ関わりがなくなり、だんだん良い方向に行ってる気がします。

今関わってる人も前世と繋がっていて、みんな一つは生きる上で課題が与えられてその課題を乗り越えるためにいきてるのかな、とちょっと思っています。乗り越えられない試練は与えられていないようだし。
どうなんでしょう。

有り難し 28
回答 2

質問投稿日: 2017年3月19日 9:06

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

因果は日々時々刻々のもの

よく「前世の因果でこうなった」という言い方をしますが、これは厳密には正しくありません。
生命は日々時々刻々に生滅を繰り返しています。そのあり方を決めるのが因果です。
この世にこのような姿かたちで生まれたのは確かに前世の因果にみちびかれたものですが、今現在の苦しみや悲しみは、今現在、私という生命が関わっている因果によるものです。
生命は様々な形で輪廻を繰り返していますが、人として生まれることはかなりの善い因果によるものであると考えられています。人として生まれることは稀有の事で、それだけで「前世の因果」は非常に良いものだったのです。
生命は輪廻生成するかぎり、苦しみ悲しみとは切り離されません。
その苦しみや悲しみを「誰かのせいでこうなった」災難として考えるのではなく、質問文の中に書かれているように、生命として解決するべき「課題」として取り組むことが、仏の教えにかなった道筋ではないでしょうか。

2年2ヶ月前
回答僧

大忍貫道

現世は現世

ご質問拝読させて頂きました。
対人関係の悩みはいつの世も尽きないものですね。
さて、前世の因果という事ですが、前世というのは輪廻転生を肯定しての考え方だと思います。輪廻転生とはインド人の常識のようなものでして、お釈迦様もこれを前提に物事を考えられたようです。ただ、お釈迦様は「すべての物事には原因があって、原因によって結果が生じる。」と考えられました。これは現世に限る話です。
今回の質問者さんの災難にも必ず原因があります。例えば、質問者さんが美人という原因で、周りの女性が僻み嫌がらせをしているのかもしれません。質問者さんの責任ではない場合もある場合も両方考えられます。どんな場合でも原因はあるのです。
この原因をしっかりと考え、仮に自分の責任だった場合には反省をする。反省する事が成長を促します。
質問者さんのいう課題は誰が与えるのですか?神か何かでしょうか?お釈迦様は絶対的な神の存在を否定しています。もし、神がいるのなら、この世は戦争や不平等もない、もっと素晴らしいものになっているからです。そうでないから、私たちは精進しなければならないのです。未来は自分で作るものです。

2年2ヶ月前

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