自分を変えたいです
相手が何をしたかではなく自分の行いだけを見つめて過ごすようになりました。ただふっとした時に人間関係のことを思い出してしんどくなります。
また、大切なひぃおばぁちゃん、可愛いがってくれた近所のおばぁちゃんが天国へと旅だってからもっと会いに行けたら良かったともっと話がしたかったなと考えては泣いてばかりいます。こんな姿見たらおばぁちゃん達は悲しむのだろうな、しっかりしないとと思えば思うほどしんどいです。
しんどい気持ちを切り替えるにはどうしたら良いでしょうか。また人間関係の事で人を信用するのが怖い気持ちを消すにはどうしたら良いでしょうか?
前向きになれるようになりたいです。
よろしくお願いします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
人間関係のつらさは2500年前から同じようにあったことです。
人間関係は、どの世界でもついてまわり、つらいことも楽しいこともありますね。
お釈迦様も同じでした。
仏教を開かれた2500年前に
「怨憎会苦 怨み合う人とも付き合わなければならない」
「愛別離苦 親しい人ともいつか別れなければならない」
と、道理を説かれました。
人と付き合うことは、親しい人とも出会いと別であり、嫌いな人との出会いと別れでもあります。
両方避けて通れないと、いうことです。
避けて通れないことを、理解するのがまずは、一番大切なことと思います。
それは、2500年前から変わっておりません。
話は替わり、私も20代から多くの肉親や親戚の叔母や祖母がどんどん亡くなりました。
ですが、仏様の世界では、亡くなられた方はお浄土で仏さまの弟子となり、
今度はあなたが救われるようにはたらきかける世界があります。
あなたは孤独のようですが、あなたが幸せになる事をねがっている仏さまのはたらきの世界があります。
ですので、どうぞあなたの道を進みましょう。
南無阿弥陀仏
あなたは守られているのです
拝読させて頂きました。あなたのお気持ちよくわかります。
私も祖母に育てられ成長し大変祖母に愛着がありました。
私が27歳の時に祖母は亡くなりその時私は東京でサラリーマンをしており渋谷で営業周りをしていました。連絡を受けたときに渋谷の交差点を渡っている処だったのでその訃報を聞いた時にはその場で崩れ落ちてしまい立ち上がることができませんでした。まさに天地が真っ逆さまにひっくり返ったような衝撃を受けたのをよく覚えています。その後もそのショックから立ち上がることはできませんでした。もっと田舎に帰って実家で祖母と話し過ごしておけばよかったと後悔の念はとめどなかったです。
それでも人は何かのきっかけで立ち上がることができます。
私は確か半年過ぎても仕事に身が入らなかったです。しっかりしろと周りからも言われました。しかしなかなか思うようにいかなかったです。それでも朝や仕事の合間や寝る前には手を合わせ祖母に心の中で様々な事を語りかけて心から供養していました。そう続けていると自ずと心が少し軽くなり、祖母がいつも聴いていてくれるような感覚になりました。
気がついたことは自分がどうであろうともいつ如何なる時でも祖母は私をずーーっと見つめて見守ってくれているということです。私が手を合わせないとダメとか良いとかのレベルではなく仏様の慈悲の様にもっと大きく優しく見つめ続けてくれているということに気がつきました。
だからと言って手を合わせなくていいのではなく、だからこそ空いた時間に心を落ち着けて祖母に手を合わせることが自分にとっても大切なんだな、と思いました。
恐らくあなたにとってもひいおばあちゃんやおばあちゃんはそういう存在でしょう。
あなたがどんなときでもいつ如何なる時処でもあなたをこれからもずーーっと見守り導いてくださいます。それは間違いないことです。
少しずつ悲しみのお気持ちは移り変わっていきます。それでも変わらないのはひいおばあちゃんやおばあちゃんのあなたを思うお気持ちです。
あなたは守られているのです。どうかこれからも自分に自信を持ってください。あなたは大切に守られている存在だということを決して忘れないでください。悲しみよりもその存在の大きさを実感なさってください。
あなたがこれからもご先祖様を供養なさり毎日健やかに成長していかれます様にと心よりお祈り申し上げます。
質問者からのお礼
回答ありがとうございます
自分の道を見失わないように過ごしていきたいと思います!
人との関係あっての人生なのだと思ったので無理はせずに少しずつ前を向いていけるようにしたいです
おばぁちゃん達に胸をはって頑張ったよって報告できるように生きていきます!