消えたいです
わたしは専門学校に通う19歳です。就職活動中ですがあまりうまくいっていません。もう何社か落ちていて、毎年就活生を見てきた人事から落とされているのだと思うと、わたしはこの業界に向いていないのだと思うようになりました。だからもしわたしのことを採用する会社があっても、他では落ちてる落ちこぼれを拾うなんてこの会社大丈夫か?と思ってしまいます。
もう特に生きる理由がありません。第一志望もだめで(そんな人たくさんいると思いますが)たかが就活でと思うと思います。でもなんで生きたくても生きられない人がいるのにわたしは生きてるのでしょうか。苦しんだり悩んだりしてまで生きる価値のある人生でしょうか。どうせこんなに悩んでたっていつか死んでしまいます。だからといって生きてる限りそういうものが付き纏います。価値も何もない人間が生きていて申し訳ないです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
世界は広いよ
就活、大変ですね。
社会人になるということは、理不尽な仕打ちと赤っ恥と挫折の連続です。
みんなそうです。
あなたを今日まで育ててくれたご両親も、きっと社会の荒波の中で苦労しながらあなたを育てて下さったのではないかな。
心に余裕が無いのは仕方がないかもしれないけれど、ちょっと深呼吸して、冷静になって考えてみよう。
就活で志望する会社に落とされたのは残念だね、けれどそれは会社側が求める条件に君が合致しなかった、仏教的に言うと「縁が無かった」だけで、決して君の人格を否定したわけではないよ。
生きている間には何度でも壁にぶち当たる事はあるし、挫折することもある、大失敗して恥をさらすこともある。
おっちゃんも、この50年近い人生の中で、数え切れないくらいそういう経験をしたよ。
それでもしぶとく生きてきたのは、「この先」に何があるか分からないからです。
世界は広い、私がまだまだ見たこと無い「何か」に出会える可能性があるから、それが楽しみでしかたがなくて今も生きています・・・・・変ですか?
まゆげさんはこれから順調に生きてゆけば、私の死後何十年も先の世界を体験することができる、うらやましいですw
そして、これまで生きてきてつくづく思うことは、成功した経験よりも、失敗した経験の方が、今生きている自分にとって確実にプラスになっているなってこと。
あなたも今は辛いでしょう、けれど、この先きっと今の経験が活きてくる時が来ます。
愚痴や弱音は、このhasunohaでぶちまけてくれていいよ、けれど、吐くだけ吐いたら心機一転だ。
また新しい自分が生まれたと思って、新しい一歩を踏み出そう。
そして、広い広いこの世界を楽しんでおくれ。
質問者からのお礼
何が起こるかわからない、をプラスに捉えたことがありませんでした。いつもいつも不安でした。もうちょっとポジティブに生きる努力をしてみます。ありがとうございます!