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労働の対価

回答数回答 1
有り難し有り難し 11

朝早くから、書き込みすいません。
閲覧しご回答する事が、お坊様の自由に任せられているからとは言え、書きたい放題。
余りに見苦しいため、読み流していただければ、と思います。

仕事をある程度家族に頼み、自分の時間を作りなさいとご教示を受けました。
が、その勇気がありません。
例えば、今日は、夫が1日中休みなので、デイケアの送り迎えを頼みたいのですが、「お前の仕事だろ。」と言われるかも知れないと思うと怖くて出来ません。
助け合うのが家族だという意見もありますが、それは普通の家族の話で、私は、自分がそこまで家族に愛されているとは思いません。
拒否されて、自分が愛されていない現実を改めて思い知らされるのが恐ろしいです。
せめて、私が若い美人なら、好きなだけ中だしさせて、その対価として頼むことも出来ますが、
ガリガリに痩せた婆では、逆に金を取られそうです。(笑)
子供達にも、同様の恐怖感から何も頼めません。
だるいうざいお前の仕事だろ、と言われるのが恐ろしい。
結局、今日も全部自分でやるのでしょう。
今日はいい天気だけれど、洗濯子供の夏服の買い物おばあちゃんのお世話等、仕事で頭がグルグル。
そうだ、子供達のサンダル買ってあげないと。
私はもう十年くらい新しい靴買っていないけど、仕方ないよ。結婚前のへそくりも全部家族のために使っちゃったし、等、頭の中がぐちゃぐちゃで、蕁麻疹で全身が腫れていても病院も諦めないと仕事が消化出来ません。

もう、死んだ方がマシ。でも、家族の事を考えると責任放棄も出来ず、仕事を割り振れば、お前の仕事だろ脳無しと言われるのが恐ろしく、全てを諦め、仕事に明け暮れます。
でも、こんな姿も、家族にはウザいのでしょう。

もう、頼むから、出会い系でも何でも良いから、若くて元気な人と不倫でも何でもして、私と交換してほしい。
もう、「ただでできる穴」としても、使い物にならない私は、とっとと棄てれば良いのに、と思います。

夫に婚活サイトや仲人連合会に入って欲しいのですが、既婚者なので、門前払い。
もうすぐ妻が死ぬから、とかうまく理由をつけて、新しい人探して欲しいと思います。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自己愛

家族に愛されていないと思うのですね。

では、あつこさんは家族を愛していますか?

「こう言われたくない」とか「嫌な態度をされたくない」と恐れ、家族を信頼し頼みごとをすることができないというのは、家族を恐れているのではなく、自分の思いが叶わないことを恐れているのではないですか?

もうずっと一人で抱え込んできたのでしょう。でもそれも強すぎる自己愛ということはありませんか?
他者を愛するがゆえに他者が恐いのでなく、自分を愛するがゆえに自分の思いが破れるのが恐いということもあります。

「お前の仕事だろ」と言われても「ウザイ」と言われてもいいじゃありませんか。もうずっとあつこさんにまかせきりに慣れてきたのです。思うような理想的な態度を要求する方が酷でしょう。
それでもご主人はこのままじゃいけないと思い、最近はアクションをおこしているのでしょう。
タイミングは今じゃないですか?

愛するとは相手をそのまま認めること。「お前の仕事だろ」と言われても「ウザイ」と言われてもそれもけっこうじゃありませんか。でも愛だけでは家事は回りません(笑
そういう時は怒ってもいいです。「お母さんも忙しいし一人じゃしんどいんだから手伝って!」と。
そんなこと言うくらいなら抱える方がましと言うならそれもけっこうですが、その強すぎる自己愛という執着でもう限界も来ているのでしょう?
「新しい人を探してほしい」といいながら、家族に必要とされなくなるのを恐れているのでしょう?本当にそうならどれだけウザがられたって仕事放棄してお願いできるはずです。
でもそうではなく「全てを諦め、仕事に明け暮れ」る自分なら家族が必要としてくれると思っているのではありませんか?

別にあつこさん一人を責めているわけじゃあありません。誰か一人が悪いと言うのではなくそれぞれに原因が有ることでしょう。
それを認め合ってお互いに謝ってお願いするところから始めてみては?嘘や言い訳でその場をごまかしたって後にツケが回るだけです。
ここのところのご相談を拝読しているとご主人と腹を割って話せる機が熟している様にかんじますが…あとはあつこさんが自己愛の殻を破るだけだと思いますが。

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はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
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質問者からのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
お坊様のおっしゃる事は、その通りだと思います。
もっと言うと、家族に愛されていないというより、私が家族を全く信頼しておらず、深い人間関係を作る事を拒否し、その集団から排除されないように振る舞っている、と言えると思います。
この件については、物心ついてから抱えている問題ですので、またご相談を書き込むかもしれません。
子供の頃から抱えている問題をいまだに克服出来ない事に、途方にくれています。

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