苦しいです。
こちらで素晴らしいアドバイスをいただきましたが、精神が不安定なようで自分をコントロールできません。
頑張って努力をするようにと励まされたのに、悲観的になり絶望してしまいます。
急に涙が出てきたり、寝る前に号泣したり、夜中に何度も目が覚めて嫌なことが頭の中をグルグル回り、眠れなくなります。
理由はわかっています。これまでの自分の行動が招いた結果のたまものです。
自分がそうやってきたから今の結果なのだと、受け入れるほどに後悔と、これから何をしても駄目だ無駄なのだという絶望に苛まれています。
何とか精神を落ち着かせたいです。どうしたら前向きに不安にならずにいられますか?
人のことが羨ましく思えて自分と比べてすぐに落ち込んでしまいます。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
「できる」にとらわれない
先のことを考えると悲観的になってしまうのですね。
しかし「これから何をしても駄目だ無駄なのだ」というのは「何をしても駄目だ無駄なのだという自信」があるということです。「できるという自信」はなくとも「できないという自信」はあるのですよ?できるかできないかはやってみないと分からないのに。
不安というものはまだどうなるか分からないものに対して生じます。誰だって未来は不安なのです。
だから不安をなくして取り組むのでなく、不安のまま取り組むのです。自分の心は元々不安定なものでコントロールできないものですよ。
誰かを好きになろうと思ってなれないでしょう。悲しくなろうと思ってなれないでしょう。感情は湧き上がってくるものです。自分で起こすものではありません。
心が不安定でも、その思いをどうにしかしてから何かをするのでなく、そのままの状態で何かをしてみることで心が安定してくるかもしれません。
何かをしてみて、結果それができなくたっていいのです。何かをできることに凛花さんの価値があるのではありません。今そうして「ただあること」に尊さがあるのです。
「より多く」「より早く」「より正確に」なんて世間の価値観にとらわれなくてもいいのです。世間なんてものは実体がなく実際は一人ひとりです。
凛花さんが「こうしてみたい」というものに取り組むならば、それができてもできなくても、ただ存在してそれに取り組むことができるというだけでそれは素晴らしいことなのですよ。
できるからやるんじゃないのです。やりたいからやるのです。不安のまま今を駆け抜けましょう!
心の画面にタップしない
スマホもPCも触らなければ休止画面やスクリーンセーバーが作動します。
コントロールしたければ、ここがコツです。
さわっているのでしょう。
コントロールとはいたずらに画面をタップしたりページを開いて無駄に電力消費する打ことではありません。
たとえば洗濯物が干してあるとします。
触れば揺れます。
手を離せば揺れが鎮まります。
揺れるのを触ったり、押さえて止めようとするのはコントロールではありません。
あえて触らないこと。
それが、心をおさめる為の最良のコンㇳロールです。