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残酷で優しい祖母

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どうしても苦しくなってきました。
実は前回の質問に、答えてくださったお坊さまに、まだお礼を書いていません。私なりの最善のお礼を書く前に、我慢できない苦しみがきてしまいました。前回の質問のお礼、どうか待ってくださいますか。お叱りも覚悟の上です。

何度も書きましたが、私は虐待を史上の悦びとする父親と、それを傍観し、一切助けずこれ幸いと自分も虐待する母親に育ちました。虐待する親と、虐待される子供、本来責められるべきなのはどちらか。ガツンと怒られるべきは虐待する親なのでは?しかし私は親戚からも永遠の責めを受けました。

今回は母方の祖母についてです。祖母はうちで起きていることを知っていました。孫が暴力暴言、戦場の中で生きていることは生まれた時から、事細かに知っていました。祖母の家で、父親が一歳の私をお風呂に閉じ込めましたから。

しかし祖母は助けたことはありません。要するに、母親と同じです。親戚一同見て見ぬ振りです。私は鹿児島に連れてこられると、必死に訴えました。父親にも母親にも虐待されていることを。祖母は繰り返しました。「仕方ないの」「しょうがない」「どうしようもないんだ」「食べさせてもらってるんだから」。
そして孫を、平然と関東へ見送ります。

しばらく祖母がしたことになんの疑問も持ちませんでした。しかしある日突然怒りはやってきました。
親が、子どもに暴力をふるうこと、子どもがひたすら虐待されることの何が「仕方な」くて「しょうがな」くて「どうしようもない」ことか?!
祖母は救える立場にいました。とても裕福でした。食べさせてもらっていると、親は子どもに何してもよい法律でもあるんですか?食べ物をやっていれば暴力しほうだいで、子どもはそれに感謝しろと?冗談じゃない!祖母も、親戚も、私を責めて責めて責めて、父親の共犯者だ、やつらは犯罪者だ!と激昂しました。

祖母は私を全く助けず、今も見て見ぬ振りです。
しかし祖母は誕生日に欠かさず手紙と、バースデーカードと、お金を送ってくれます。綺麗な文字で、可愛い手紙で。お祝いのお金は入れる封筒は全て手作りで、いつも美しい装丁に包まれています。私は何年も連絡をとっていません。しかし、全く連絡をよこさない孫に、毎年毎年お祝いを、おくる祖母の気持ちを考えたとき、私は胸がつぶれそうです。私は祖母を許すべきですか。会うべきですか、話すべきですか。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

すべては父親に起因します。

そうですか・・・
1歳からそんな仕打ちを。
残酷です。

「仕方ない」
それは周囲は救わないけど仕方ないと思ってくれと聞こえてしまいますね。

「食べさせてもらってる」???
「虐待させてあげている」でしょう。

本来子供は親から与えられなければなりません。
しかし、ひろさんの家庭の場合、それが逆転しています。
ひろさんは、両親を満たしてきたのです。

救ってくれなかったおばあちゃん。
あなたは心を閉ざして、もう敬遠しているのに、丁寧にやさしく接してくれる。
本当に求めていたのはそんなことじゃなかったけど、それでも優しくされると心が動く自分がいる。
混乱するでしょう。
苦しいでしょう。

本来は、素直に会いたいと言いたいのではないでしょうか。
今からでもいいから、味方になって欲しいのではないでしょうか。
でも、素直になれば、今までの自分を否定してしまうのではないか、という恐れがあるのではないでしょうか。

私は、どうしろとか、書きません。
敢えて書きません。
あなたの長きに渡って受けた地獄の苦しみを、ほんのわずかしか知らないから。

ただ一つ伝えたいのは、あなたの父がそのような父親でなければ、おばあちゃんに対する気持ちは違ったものになっていたでしょう。

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おきもち

時宗の寺院で住職をしています。 今の時代、お寺の在り方とは、僧侶とはいっ...
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あなたの思いを書いてみては

拝読させて頂きました。
あなたの苦しみや憎しみ恨みを読ませて頂きました。
今までそのような扱いを受けていらっしゃっって周りの方はあなたを助けようもなさらなかった。それは大きな罪ですね。あなたのおっしゃることはもっともに思います。
あなたのお気持ちをお察し申し上げます。

あなたは今身の安全が図られておららますか?危害や暴力暴言や虐待をうけるような状況からは逃れることができておられますか?先ずはあなたの身の安全が第一ですからそこをしかっり図ってくださいね。
お祖母様へのあなたのお怒りはもっともでしょう。何故そこまでご親族の皆さんが見て見ぬふりをするのかわかりませんで、とはいえそのような虐待行為を放置することは同罪ですよね。
一度あなたの思いをしっかりとお手紙に書いてみてはいかがでしょう。
そしてその手紙をじっくりと見直してみてそしてあなたがその思いを伝えたいのならばお祖母様にお送りなさってみてはいかがでしょう。
それでどうこうなるかはわかりません。
その方たちの心を改められるかはわかりませんが、しないよりは良いと思います。
苦しいでいるあなたのその気持ちをしっかりと伝えることは必要かと思います。

もしかするとそれで反応があるかもしれません。
できれば一度その手紙を出して様子を見てみてくださいね。
そしてその後会うこともあるかもしれませんからその時じっくりお話なさってみてもよろしいかと思います。様々今までのことがあるでしょうからね。

とはいえその事ばかりに執念を燃やし怨み怒りに費やしてももったいないです。
あなたの人生はこれから進んでいくのです。
過去は過去として区切りをつけなければなりません。
怒り恨みはなんにもなりません。結果あなたの人生を害します。

どうかあなたの人生を大切になさってください。
あなたの未来が豊かに開けていく様にこれから幸せに生きていかれます様心よりお祈り申し上げます。

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おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...
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許したい、会いたい、話したいのではないですか。

ひろさん
何度も書きましがとのことですが、何度も何度も書かざるを得ないのですね。
責められるべきは、虐待される子供ではなく虐待した親です。

そして母方の祖母に対してのことですが、祖母は虐待の事実を知っていた。そして会うたびに助けを求めたが、「仕方ないの」「しょうがない」「どうしようもないんだ」「食べさせてもらってるんだから」。と平然と関東へ見送り、助けてくれなかった。
祖母は、救える立場にいて、裕福であったにも関わらず、助けてくれなかった。あなたが責めて、激昂するのも無理ありません。
そして、祖母は虐待からは全く助けず、今も見て見ぬ振りをしているが、誕生日に欠かさず手紙と、バースデーカードと、お金を送ってくれる。綺麗な文字で、可愛い手紙で。お祝いのお金は入れる封筒は全て手作りで、いつも美しい装丁に包まれている。何年も連絡をとっていないのにも関わらず、全く連絡をよこさない孫に、毎年毎年お祝いを、送ってくる。この事実をどう受け止めたらいいのか。
祖母は平然と見送っていたわけではなく、苦悩していたのではないでしょうか。そして今も絶えずひろさんを気にかけている。

“私は祖母を許すべきですか。会うべきですか、話すべきですか。”とのことですが、
ひろさんは、祖母を許したい、会いたい、話したいのではないですか。そして伝えたいことを伝えましょう。それは一体どんなメッセージですか。一つは助けてほしかったこと、もう一つは、感謝の気持ちではありませんか。

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おきもち

質問者からのお礼

やっとお礼を書けます。お坊さま方、遅くなってすみません。凄く考えていたら日にちが経ってしまいました。

海老原さま
本当に、お言葉を下さり感謝致します。ありがとうございます。
全くその通りです!「食べさせてもらってる」は祖母から耳にタコができるほど言われました。ちなみに叔母にも母親にも、親戚一同から言われてきました。父親には「誰のおかげて食べさせてもらえると思ってるんだ!」と数え切れないほど殴られました。

無力で小さかった私は、ただ耐えました。
やがて私は壊れ、絶望とマグマのような怒りに覆い尽くされました。

おっしゃる通りですね。私は親を満たしてきました。母親が父親に苛められたとき、決まってすっ飛んでいって慰めるのは私でした。小学生の女の子が母親の母親代わりとは。最近、母親が辛いときは私が慰めたけど、私が辛いときに慰めてくれる人は誰もいなかったことに気がつきました。孤独と哀しみ、怒りが襲いました。

だから許したくないんです。祖母には苦しんでもらいたい。苦しんで当然、孫から愛情を受けるなんて幸せ、味わうべきではない。小さな小さな女の子に、世の中の不条理を諦めるよう、長い年月説き伏せた祖母なんて最低、最悪ですから。

でももう許したい。会いたいと言いたい。ありがとうと言いたい。ただただ悲しかったと伝えたい。おばあちゃんからの手紙、お祝いのお金と封筒、一枚残らず保管してあるんです。どうしても捨てられなかった。知ってるんです、愛されてることは。人を憎んでも何も変わらないことはもう分かったから、本当は素直に手を握りたい。

私の父親がこうでなければとおっしゃいました。しかし、実は母親は三姉妹で、三姉妹とも最悪な男につかまりました。みんな助けをもとめたとき「帰ってくるな、体裁が悪い」とつっぱねたと聞きました。母親が父親とのお見合いを断りたいと言ったとき「世間体が悪い」と結婚させたようです。いとこも祖母の家でいとこの父親から暴力を受けていたとか。叔母と母親と祖母は傍観してたと聞き、さすがに頭を抑えました。

Azuma 様
いつも優しいお言葉をありがとうございます。

私の身を心底案じて、安全を図るよう言ってくださるのはわかります。Azuma さまはこう…本当に心配してくれて、おっしゃる方だと。

安全な場所を得るのが最優先なのは、多分私自身が一番知っているんじゃないかな。
そして、周りの人はそれがどれだけ難しいか知らないんじゃないかな…

周りから見ると、私がまるで危険性に気付いてない風に見えてるみたいです。
小学生のときにはもう事の重大さは解っていましたよ。家を出られるなら、言われなくてもとっくに出ます。それができないこと、想像したことあるんでしょうか。疲れた感覚に近いです。家を出られない場合、が選択肢にない。出る一択の励ましって、乱暴過ぎます。みんなそうですけど。。

お手紙、いいですね。とってもいいです。
ここずっと、頭の中でお手紙書いてみました。(実際書くべきです、すみません)。
難しいですね。話それるし、気づくと祖母を責め立てる内容になりそうだし…。

別に「正解」の内容じゃなくてもいいのかな。
祖母は高齢で、老人をさらに責めるようなことは出来ないよな…と。
そんなこんなしてるうちに、やはり祖母を許すべきではない!と怒りが湧いてきて、手紙がご破算になるのでぐるぐるして大変です。

しかし、祖母も高齢です。その前に、話したいです。色んな難しいこと乗り越えれば、きっと良い話ができます。
やってみます。ありがとうございます。

中根さま

まさに私の心を的中なさっています。
話したい、許したい、会いたいのです。
そして、助けてほしかった。もうひとつは感謝している。その通りです。

何度も同じことを書くのは、ここハスノハで思い切り責められたからです。私には、お説教にもお叱りにも思えず、また私だけがこんなに怒られて…とはらわたは煮えくりかえる思いでした。だから、書かずにはいられません。

でもそういう人は一部で、中根さまや他の回答してくださったお坊さまが、はっきり、罪があるのは親側だと仰ってくださいました。だからそれでいいかな…。わかってもらえてるのなら。そういう方がいるなら。

疲れました。人を憎むのは。それでもそうせずにはいられないほど私は深く、深く傷ついたのでしょう。やわらかい心には、大人の仕打ちがあまりに残酷で。そろそろ私が私を癒します。どこひいるのかよくわかりませんが。

ありがとうございます。

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