自分のみじめさに耐えられなくなっています
僕は10代で強迫性障害になりそのせいで空白の期間を経て22歳で県外の大学に入学しました。
現在24歳で大学生をしています。
みみっちい悩みかもしれませんが質問させてください。
大学には話せる友人は数名いますが、あまり深く関わらないようにしています。
それは自分が年齢が上である事を内緒にしているからです。
ある意味騙しているとも感じています。そういった罪悪感もあります。なので深入りしないようにしています。
何故内緒にしているかというと、入学時に客観的に考えて、精神障害(神経障害)を患っていた年上が同級生にいたら周りは心地よくないだろうとと感じたからです。
孤立したくありませんでした。
僕はメンタルが弱いので、孤立したら卒業できるか心配でした。
高校も病気で中退しているので絶対に大学は卒業したいと考えています。
なので内緒にして入学、その後3年間過ごしてきました。
年齢が上であることは何らかの形で数人に多少バレてるかもしれませんが、病気のことは知られてません。
そして今さら話せません。
そして今、学内に話せる人は数人いるが、深入りを避け基本一人で行動しており、悩み事を話せるような人がいない、結果的に孤独な状態です。
大学では肩身の狭い思いをして過ごすだろうと覚悟して入学しましたが、とても辛い状況です。
もうすぐ就活が始まりますし、卒業前には国家試験を受けます。
そのための勉強、準備もしなくてはいけないのに現状は楽しくない辛い毎日を毎日やり過ごすことに精一杯です。
自己肯定感なんてゼロに等しくなってきています。
自分がみじめです。
先日行った現場実習で自分に対して、プラスの事よりも自分の至らなさに反省や後悔を感じたこともこんな気持ちになっている要因の一つだと思います。
これからもっと忙しくなる状況に自分自身が耐えきれるか分かりません。
不安や焦りを感じています。
自分がみじめです。
もしよかったら読んで感じた事思った事率直にお聞かせください。
僕はこれからどうしたらいいでしょうか。
もうぐちゃぐちゃです。
長文失礼しました。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
誰が為に
”深入りを避け基本一人で行動しており、悩み事を話せるような人がいない、結果的に孤独な状態です。”
そりゃあ、そうでしょう。
ご自身で努めて深入りを避けてきたんですよね?
誰しもが、どうして自ら避けていくorangeさんと深く付き合うことができましょうか?
精神障害の既往歴のある年上だから?
だれかにそんな事を言われたのでしょうか?
うん。たしかに、世の中にはそう思う人もいるかもしれませんね。
でも、orangeさんの周りがそんな人ばかりだとは限らないでしょう。
過去の事や自分の言いたくないことをあらいざらい晒しなさいと言っているわけではありません。しかしながら、あなたが【かつて強迫性障害になりそのせいで空白の期間経たという事実】と、【深い絆で結ばれた友達ができない事】とはあんまり関係ないと私は思います。
就活、国家試験、実習、、、大変ですね。こんな時に支え、励まし、慰め合える仲間がいたらどんなに心強いか。しかし、あなたは少なくとも大学入学当初から現在に至るまで、そんな絆を築く縁(環境、条件、タイミング)に恵まれながらも、自分から願い下げてきたわけです。
あなたはずっと「精神障害の既往歴を持つ年長者」という事を格好の言い訳にして、相手にとって善き友であろうと努める事を怠ってきた。それなのに、自分には善き友がいない、孤独だと嘆くのはいささか傲慢ではありませんか?
どうですか?
今日からでも明日からでも、他ならぬorangeさんこそが、
他者にとって善き友・善き存在であろうと努力してみませんか?
必ず友情が芽生えます。必ず絆が深まります。
善き存在同士、互いが互いを念じ合い、互いに心が通じ合う。
これを【仏仏想念】と申します。
孤高を貫け
orangeさん、はじめまして。質問を拝読いたしました。
orangeさんは、10代で強迫性障害になり空白の期間を経て22歳で県外の大学に入学されたのですね。orangeさんが入学時に精神障害(神経障害)を患っていた年上が同級生にいたら、周りは心地よくないだろうとと感じたから、年上であることを内緒にしてきたのですね。
孤立したくない気持ちは理解できます。現場実習や国家試験、就職活動で仲間がいれば互いにたすけあうことができます。
しかし、orangeさんは友人と深く関わらないことを選択されました。孤高の道を選択したのです。ならば、孤高を貫いたらどうでしょうか。
国家試験を突破するのはorangeさんの実力です。就職先から内定をもらうのはorangeさんです。他の誰でもありません。
神経症を患ったことをバネにして貴重な経験であったと受けとめ、孤高を貫き気高く生きていく道もあるのですよ。
仏教の教祖であるお釈迦さまは、たくさんの弟子がいましたが孤高の人生を貫いたのです。
質問者からのお礼
ご回答有難うございました。
今までの自分の質問も不安に駆られて書き込んでしまう事が多く、今回もやや衝動的に書いてしまいました。
自分に自信が持てるようにしたいです。
どうしたらいいか、自分になにができるか分からないですが変えていきたいという気持ちが大きくなっています。
考え続けます。
ありがとうございました。