何もかも捨ててしまいたい衝動
初めまして、よろしくお願いいたします。
現在人を育てる仕事をしております。
業界内の認知も高まり、また手掛けた人物もマイホームを購入するなど、仕事面では成功しているようにも見えます。
収入も売り上げに左右される形ではありますが、それなりにまとまった金額になっております。
ただ、従来より善意、誠意をもって接すれば相手にも伝わるという考えをもっており、それらに甘えて来る人物から裏切りを受ける事も少なくありません。
(せっかく育てた人物がよそに行ってしまうなど)
最近ではその状況に気持ちがやられ、収入や地位も何もかも捨ててひっそりとつつましやかに暮らしたいと思う様になりました。
円満に今の状況を脱することは事情により難しい為、いざとなったら失踪する勢いで身を隠し、今育てている人間も見捨てる事になります。
それでも他人の人生を背負う責任から逃れたいのです。
逃げたいのです。
今はだれかに背中を押してもらいたい、そういった気持ちしかありません。
実際に行動に移すかどうかは抜きにして、私の背中を押していただけませんでしょうか。
将来への不安
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
誠意をもって、捨てるのは少し待っていただきたいなと。
ご相談読ませていただきました。
人を育てるお仕事、素敵ですね。
相談内容からですと漠然と想像するしかできませんが、そういったなかにあっても、ときにはうまくいかないようなこともあるようで。
世の中いろんな人がいますから、自分の思うように事が運ぶこともあれば、想定外なこともあり。
思うようにはいかないということを、仏教では「苦」と説いているわけです。
私も、育てるなんて大層なことは言えませんが、こういった場で、あるいは直接言葉を交わして、なにか少しでもこの人のためになればとお話しさせていただくことはあります。
ですが、相手の期待する言葉を届けられているかどうか、こちらの意図した通りに伝わっているかどうか、わかりやすい答えは出ないまま、私も悩みながらそれでもやらせていただいています。
思うようにはいかないと、それはある程度仕方のないこと。
人それぞれに状況は様々ですが、多くの人がそれぞれに仕事や生活、人間関係での悩みを抱えています。
そうしたときに、昔の人が考えて、現在まで伝わっていることというのは、やはり一つの参考になると思うんです。
古代インドでは、人生を四つの期間に分けて考えたそうです。
学んで成長する時期、家庭を持ち仕事に励む時期、仕事を離れ自らの生き方を考える時期、多くの人と関わり知恵を授ける時期、と。
40代で仕事は成功してと、まさに二番目の時期じゃありませんか。いずれひっそりと暮らすにしても、切りの良い所というか、今育てている人はもう少し見てあげてもいいのではと思います。
しかしそれにしたって、今の日本では仕事の時期の比重が大き過ぎるのも困りもの。
仕事をしている時間もくーさんですが、仕事から離れている時間だってくーさんなのです。
いつも誰かを支える立場というのは、素晴らしいことですが、負担も大きいことでしょう。
仕事や生活の環境によっては、なかなか時間を作るのは難しいかもしれませんが、ときには家族や友人といった、あなたを支えてくれる人たちとゆっくり過ごす時間を設けられるといいかもしれません。