我慢の限界
宜しくお願いします。
なぜ自分はこんな目に遭っているのだろうと思うことばかりです。人から利用され、私を利用した人は上に上がっていく。私の周りにいる、自分がよければ人の事はどうでもよい、自分の思い通りになれば他人はどうでもよい。こんな考えの人は自分の思い通りの人生がずっと続くんでしょうか?
私はこれまでできる我慢は我慢して頑張ってきたつもりです。頑張ったと思っているのは自分だけなんでしょうか?
頑張ってるのに報われない→努力が足りないんですか?もっと頑張ればいいんですか?感謝の気持ちが足りないんですか?うまく行かないときはどうすればいいんですか?私にも気持ちが晴れて毎日楽しい日が来るんですか?どうしたらきますか?
今、こんな自分が惨めです、情け無いです、どうしたら前向きになれますか?その方法が分かりません。考え方が分かりません。教えてください。お願いします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
耐えるべきことに耐えてきた。
頑張るべきことを頑張った。
感謝するべきことには感謝している。
人から利用された、言い換えれば、人のために働いた。
こう書いてみると、宮沢賢治さんの残した詩に、あなたの人生に似た内容の詩があるのを思い出しました。
「雨にもまけず
風にもまけず
雪にも夏の暑さにもまけぬ
丈夫なからだをもち
欲はなく
決して怒らず
いつもしずかにわらっている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜をたべ
あらゆることを
じぶんをかんじょうに入れずに
よくみききしわかり
そしてわすれず
野原の松の林の蔭の
小さな萓ぶきの小屋にいて
東に病気のこどもあれば
行って看病してやり
西につかれた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北にけんかやそしょうがあれば
つまらないからやめろといい
ひでりのときはなみだをながし
さむさのなつはオロオロあるき
みんなにデクノボーとよばれ
ほめられもせず
くにもされず
そういうものに
わたしはなりたい」
宮沢賢治さんはこのような人に成りたいと言い残しています。
あなたはこのような人に近いのではないですか?
あなたはもっと自分に自信を持って堂々としていいと思います。
あなたの良い行いは必ず何かの形で良い報いを受けることになります。
他人の言動は放っておきましょう。
自分のことだけに集中しましょう。
仕事に余裕があるなら何か資格の勉強しましょう。
こんな話もあります。
ある禅宗の老僧が毎晩英単語を覚えていました。
お弟子さんは言いました。
「今更勉強しても遅い」
老僧は言いました。
「確かに遅い。しかしな、今勉強しておけば、次に生まれてきた時に英語の勉強が楽になるじゃろ。」
あなたも、周りの人たちに振り回されないで、今できることに専念しましょう。
努力は人を裏切らない…か?
”頑張ってるのに報われない→努力が足りないんですか?”
「努力は人を裏切らない」
世の中ではよくいわれる事ですが、これはじつは少し言葉が足りません。
<正しい>努力は人を裏切らない
お釈迦様が弟子たちに教えた心得として【正精進】というものがあります。
あなたの努力は、本当に正しい方向を向いていますか?
ないものねだりだったり、他者の批判だったり、嫉妬心から出るものだったりしませんか?
”私はこれまでできる我慢は我慢して頑張ってきたつもりです。頑張ったと思っているのは自分だけなんでしょうか? ”
うーん、もしかするとそうかもしれませんね。頑張るとは頑固に意地を張る事、【我慢】は、7つある【慢心】にひとつ。【我慢】とは本来は「自惚れ」の心をいいます。こんなにツライ事に堪えている私ってスゴイじゃん!? なのに、なんでみんなこの私を認めないんだぁ!?なんで思い通りに事が運ばないんだバカヤローってなる態度の事です。
あなたも人間。私と一緒。
良い事も悪い事も併有しています。実際はこれ以上ないくらい色々と満たされているハズなのに、悪い事のほうが目立ってしまう、気になってしまうのは【煩悩の所為】です。
他人の評価より、どうか自分こそが【貪瞋痴】貪り、怒り、無知という毒に冒され、嫉妬や怨みという魔に取り憑かれてしまわぬよう努々ご注意してください。
前向きになる方法?
あなたの善悪や損得のモノサシをちょっと手放してみるといいかもしれませんね。
質問者からのお礼
回答ありがとうございました。
これから自分を見つめなおし、自分を大切にして色々な人に振り回されることのないように過ごしていこうとおもいます。