hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
そらノート 亡くなった人やペットに思いを伝えよう hasunoha姉妹サイト登場

母の余命宣告

回答数回答 2
有り難し有り難し 17

肺癌(手術できませんでした。)で2年6ヶ月…放射線、抗がん剤と治療を頑張って続けてくれた母ですが、先日の検査結果では癌が少し大きくなって気管支を圧迫し、リンパも腫れています。担当医師からは治療してもほとんど効果は期待出来ないと言われました。放射線、抗がん剤の副作用で辛い治療するよりも、緩和ケアに移行して症状をやわらげて日常生活を送れるようにした方が良いんじゃないかと進められています。
治療しなければ1年もつかどうか、治療して効果が出ても2~3ヶ月延命出来るだけで、年単位での生存は難しい。
母には余命の事は話していません。
母はまだ治療すれば癌が小さくなり治療しようと思っています。
前向きに考えている母の気持ちを尊重して治療するのがいいのか…
母が悲しみ悩み泣き崩れても、ちゃんと話をした方が良いのか…
私の母は重要な事は自分で決められない人です。7年前までは父が判断し母がしたかってましたが、父が亡くなってから私が判断してきました。
私は例え少しでも長く生きていてほいと思う気持ちがあります。
余命宣告の事を考えると辛い思いしないで最後まで母らしく過ごしてほしい気持ちもあります。
11月15日までに担当医師にどうするのか決めなければなりません。
母が癌になった時からいつかこんな日が来ると覚悟していたつもりですが、実際にこの日が来ると苦しくて悲しくて、とうすればいいのか判らなくなっています。
考えれば考えるほど混乱してきます。
私はひとりっ子で結婚していますが、主人は仕事も忙しくあまり家に居る事が少ないです。
親戚も疎遠で相談する人がいないです。
母に治療を頑張ってもらうにしろ、余命の話をするにしろ、どう話したらいいのか……
どうか宜しくお願い致します。
助けてほしいです。

2017年10月28日 13:21

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

臨終のこと

お辛いですね、本当に…。

なかなか第三者が「こうしなさい!」というのは難しいと思いますし、正解不正解はないと思います。

それも踏まえて、自分だったらおそらく「緩和ケア」を選択するでしょう。

職業柄、たくさんのお別れとその後に触れました。
ガンのかたも沢山いました。
悲しみのない100%満足なお別れは存在しませんが、
その中であるガンの方が印象的でした。

お寺によくお参りにくるその方も肺癌でした。
私は亡くなる半年前にそのことを知り、大変ショックを受けました。ですが、今までと同じようにお寺に来てくれてました。
余りに普通すぎて「もう治ったのか?」と思ったくらいです。
その方は癌のことは家族や友人に言わず、亡くなる前日に家族みんなが集まってるところにひょっこり顔を出して、次の日静かに逝きました。
その方にとっては、当たり前の日常こそが宝だったんです。
だから入院もせず、その時間を最優先したんだと思います。

日蓮聖人は「臨終のことを習って、それから他事を習うべし」の言葉を遺しました。
臨終のことを習うとは、私が逝く時にどうしたいか。
そのためにはどう生きていくべきか。
それを考えることです。

私が緩和ケアを選択したのは、逝く時に相手に「これまでありがとう」とニコッと笑って欲しいから。
もちろん叶わないかもしれない、けれど、残された時間そのことだけに全力を尽くすでしょう。
それは、私がそう逝きたいから。
そしてできるなら弱った姿を長い間子どもに見せたくないからです。

臨終のことなんて、考えるのも辛いと思います。
ですがそこはゴールのようでスタートなんです。

お母さんとの時間、シーさんが少しでも心安けく過ごされることを心から祈念しています。

2017年10月29日 1:31
{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1,000件を超えました


困っている人や悩んでいる人にとって、仏さまの教えが少しでも良薬となれること...

これからを大切になさってくださいね

拝読させて頂きました。
大変お辛いことですよね。
残された時間をどうかご家族の皆様と共に充実してお過ごしなさって下さいね。

あなたの文面に
「最後まで母らしく過ごしてほしい気持ちもあります。 」とありましてまさにそうかと思います。

お母様はその天寿を全うなさり、必ず仏様がお迎えなさって下さいます。そして仏様の元で心安らかにお過ごしなさり、これからも皆さんをお見守りなさって下さいます。
南無阿弥陀仏

どうか安心してこれからのひと時ひと時を大切にお過ごしなさって下さいね。

いつまでもいつまでもお母様と皆さんとのご縁はこれからもずーーーと続きますからね。

2017年10月29日 13:42
{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1,000件を超えました


Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして9年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラー...

質問者からのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
上手に話し出来るか自信ないですが、母の調子がよく気持ちが落ち着いてる時にでも話してみます。

本当にありがとうございました。

「大切な人が危篤・余命宣告」問答一覧

親不孝なのでしょうか

拝見していただきありがとうございます。 3日前に祖母が急に倒れ意識が戻らない、もしかしたらもう危ないかもしれないと 妹から言われました。その時初めて祖母が今年に入り癌が見つかり、治って元気になっていたことや、抗癌剤の後遺症で心臓部に負担がかかっていて、脳に酸素がうまく運べていなかったのでは…と聞きました。 自分は性同一性障害で 戸籍上女性で見た目や声などは男性で 男性として生活していますが、一家全員偏見の目を持っているため、父親母親しか知りません。今も納得はされていません… 祖母や祖父にいったらショックで体を悪くするから絶対いうなといわれておりました。精神的に苦痛で生きていることも辛くなったため 1年前に関西に引っ越してきました。連絡も取りたくなくてあんまり連絡とっていなかったから、良かれと思い今回の祖母の件は黙っておこうと思ってたそうです。 妹から聞いた時なぜ言ってくれなかったのかとショックが大きく、思い出が蘇り涙が止まりません…。 妹からは長女なんだからといわれ コロナウイルスでも関係ない来るべきだ、感染しても仕方がないだろうといわれました。長女だからという言葉さえも聞きたくなく憂鬱になりました。 大事な祖母の最後を見届けたい気持ちは本当にあります。ですが周りを感染させてしまう可能性もゼロではないのと、正直自分一人で祖母とお話がしたいと思っています。身内に自分の容姿や声などをいわれたくないです…祖母は自分の容姿をなにもいわずありのままを受け入れてくれる優しい方でした。女性だからそういうのは変とも記憶上いわれていません。 母親は気を遣い、無理に来なくて大丈夫。金銭的にも大変だからといってくれていますが、奇跡が起きない限りそのまま目を覚まさないまま、息を引き取るかもしれない状況だそうです…。 祖母とは2年前の元旦以来会えていなかったですが、忘れず自分のことを話してくれていたそうです。一人関西で生活して偉い、元気にしてるのかななど心配してくれていたことを聞き、電話が終わった後堪えきれず、涙が止まりませんでした… 会いに行けない自分は親不孝でしょうか コロナウイルスでもいくべきだとわかっていますが、誰かを感染させまた誰かを失うのは耐えきれません… おばあちゃん子だったのもあり、祖母に本当の自分のことを聞いてほしかったです。 長々と申し訳ありません。

有り難し有り難し 7
回答数回答 1

父の死が怖い

父が末期ガン、余命わずかで来月いっぱいはもたないと言われています。 私は一人っ子で遠方に嫁ぎました。 若気の至りで遠方にいてそのまま、という感じです。 親には何度も、こっちに来てほしいと言われていました。 ですが嫁ぐ事になり、父は私が幸せに穏やかに暮らしていれさえいればそれでいい、と言ってくれていました。 だけどやはり心残りはないと言えば嘘でした。後悔もしていました。 そして月日が経ち、、現在に至ります。 コロナの関係や諸事情で、会いには行けず次に会えるのは残念ながらお葬式になってしまいます。 私には子供も生まれ、帰省の際には思い出をたくさん作り、毎日のように子供などの写真を送り、父も毎日のようにそれを見てくれていました。離れていても、そんなやり取りで繋がっているのが嬉しかったし安心できました。つい最近まで、私や孫の事を色々気にかけてくれていたし夏には帰省できないだろうから何か送るよ、と言ってくれていました。 そんな矢先でした。 それから毎日、なんとか受け止めなければと考えますが、やはり受け止める事ができません。 何をしていても頭の中に父がいて たまに父の声が聞こえてくるような、ずっと頭にもやがかかっているような状態です。 何かをしている時はまだましなのですが、ふっとやってくるんです、、波があります。 本当なら今すぐに会いに行きたい気持ちです。 父が亡くなっても、私は受け止められるでしょうか。 先が見えない真っ暗なトンネルにいるようです。正直怖いです。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

何を言われても死ぬと思います。

去年の12月に夫が救急車で運ばれ、1月に小腸がんの発覚、1か月の余命宣告を受けました。抗がん剤治療をしてうまく合っても5か月程しか生きられないと言われ、本人がしないという選択をしました。 夫は当時35歳でした。 1月で私は仕事を辞めて、毎日病院にお見舞いに行っていました。 その後緩和ケア病棟を経て在宅医療を受けています。 最初のうちは良かったのですが、体調がどんどん悪くなり、痛みがひどくなり、今はもうトイレもベッドで行い、自分で寝返りを打つこともできません。 介護は義母と2人で行っています。義両親とは物理的に距離が離れているところに住んでいたので、年1-2回しか会うことはありませんでした。 今回共に介護をしてみて、考え方や生活スタイルが違い、ストレスを感じています。 そうは言ってもトイレにも行けない相手を一人で介護することはできないため、なんとか頑張って暮らしています。 夫は食べると腸から出血が増すため、点滴で生きているのですが、その点滴の中に今日から睡眠薬を混ぜて眠らせることにしました。 痛みがひどく、モルヒネや座薬などではもう効果が少ないための、最後の手段です。 痛みが酷い以外にも、私や義母を呼びつけてお願いをされるため疲労が蓄積してしまったことも、混注に踏み切った一因です。(本人了承済みですが) きっとこのまま、どんどん状況は悪化していき、いつか旅立ってしまいます。 本題です。 私は自分も後追いしてしまいそうです。 今は職もないし、夫の介護が生きてる意味になりつつあります。 介護はとても辛いです。 私は親族と絶縁しているため、頼る身寄りもなく、子供もいません。 義母とは争うこともあるので、義父母に頼ることはできません。 友人はいますが、友人がいたからなんなのでしょう? 私が死んだらきっと悲しむでしょう。でもきっといつか忘れます。 生きる意味を探しているのではありません、もう何をすることもできません。 苦しまない自殺があったら、確実に行っていると思います。 死ぬ気になればなんでもできると言いますが、なにかを始める気力がありません。 将来私は1人で死ぬのであれば、今死んだ方が遺骨も夫の墓に入れてもらえるしいいのではないかとしか思えません。 相談したところで、何か解決できるわけでもありませんが、書き込んでみました。

有り難し有り難し 48
回答数回答 4

母の余命一年。これからどうすべきか。

先日父方の祖母が亡くなりました。 100歳越えの大往生でした。できることはやったと思っているのであまり後悔もなく、悲しくて寂しくて泣いてしまうことはありますが、少しずつ元気を取り戻しています。 父はかなり嘆き悲しんでいましたが、私がずっと付き添って話を聞いて好きなだけ泣いてもらって、今は先の事を考えられるようになりました。 今回は母について教えて頂きたく思います。今回の葬儀で久しぶりに会ったのですが、抗がん剤の副作用が辛いらしくずっとトイレに通って吐いたり下したり。 気になって葬儀の後に会いに行きましたが、リビングに座ってTVを見る元気はあるものの辛そうでひどく痩せていました。 父からはガンが色んなところに転移しているので余命一年ほどだと聞きました。 祖母の供養もあり、母の看護もありで父も弱っています。 私は祖母に対してはあまり後悔がありませんが、母に対してはきっと一年後相当に後悔するのだろうと思うと怖くて仕方ありません。 しかし、私はどちらかというと父と仲が良くて母とはあまり関わらないできました。弟がおりますが、そちらは母寄りだと思います。 母が最期に傍にいてほしいのは弟だと思うので、私は父親のサポートをしつつ、つかず離れずで見守る方が良いと考えているのですが、それでいいのでしょうか。 頭の中が整理しきれていなくてすみません。 私は母の余命にどのように寄り添えばいいのでしょうか。

有り難し有り難し 7
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る