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死んだ後、無事に家族に会えるのか

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ふと死後の世界を考えて、疑問があったので質問させてください。
私は末っ子です。事故や病気にならずに健康体であれば、順番的に私は最後1人で死ぬ事となるでしょう。

結婚などをすればまた違うのでしょうが、結婚はしようとは思っていません。
もし一生独身で生涯に幕を閉じる場合です、天国でちゃんと家族と無事に合流というか、ちゃんと会えるのか心配です。

私の勝手な想像なのですが、死んだ後は
1人厚い雲の中をかき分けて、天国への階段を探し、天国へ目指すというような感じです。その間に道に迷って、天国に行けず、家族にも会えない、という事があるのでしょうか?それが心配です。

それか、死んだ後にちゃんと天国への道しるべがあってちゃんと合流できるようになっているのでしょうか?

死んだ後の事なので、そこに意識があるのかも分かりませんが、死んだ後はちゃんと迷わずに天国に行って家族に会いたいです。

また、私は幼少期には問題児で人に迷惑をかける事をしてしまいました。
私は地獄行きなのでしょうか?

死後の世界とはどういう風になっているのでしょうか?

2017年11月18日 11:25

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

死後の物語は「はたらき」として私において「事実」となる

死後の世界について考える時は「わからない」ということが前提です。
「わからない」ものを「きっとこうだろう」と妄想し、本当にそうなったらどうしようと自ら苦しんでいるとしたらまずはその考えを手放さなければいけません。

その上でですが、人は必ず死にます。よって死についての考えが定まらないことには生きていても常に不安が残ります。

そこで宗教の出番となります。探せば様々な死後世界についての教えが有ることでしょう。
しかしそれはどれも「物語」です。ですが同時に「物語」は「はたらき」として「事実」になります。
それはフィクションの映画やドラマを見て実際に感動したり、自分の存在について深く問うたりということがあるように、死後の「物語」によって今、死後への不安が解消される、あるいは不安を不安のまま抱えていけるというものです。
死後の問題は「今」の問題です。死後について「今」不安であることと、実際に「死後」はどうなっているかは少し別問題です。
ですから是非あんこさんも「今」救われる死後の物語に出会ってください。

浄土真宗では「浄土」という物語が説かれます。南無阿弥陀仏とお念仏した人は皆もれなく浄土に生まれるのだという物語です。

仏説阿弥陀経というお経には「倶会一処(くえいっしょ)」と説かれます。

倶(とも)に一つの処(ところ)にて会する=一つの場所に生まれ再会する

というくらいの意味です。この文言はその内容によって人々に親しまれ、墓碑にもよく刻まれます。
しかしそれには実は前提があります。お経では「諸上善人 倶会一処」と説かれているのです。
「家族とともに」ではなく「諸々の上善の人=仏や菩薩」とともになのです。

つまりどういうことかというと、家族だけじゃなく嫌いな親族のあの人も、苦手なご近所のあの人も、地球の反対側で苦しんでいる子どもたちも、思いを馳せることもできない知らない人たちも、あらゆる人を私にとって「上善の人」=「善き人、色んなことを教えてくれる有難い人」と見出いしていく世界として、平等に一処にて会するということです。

家族だけという狭い範囲の話ではないのですよ。もちろんご家族も含まれますけどね。

良い事をした人も、悪いことをした人も、あらゆる川の水がやがて海に入って一つになるように、生き様や死に様を問わずみな生まれる世界、それを「浄土」と私たちは呼ぶのです。

2017年11月18日 16:43
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有り難し
おきもち

はじめまして。 北海道の道南地区にある若松という農村のお寺に所属しており...

質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。
死後の不安ばかりにとらわれ過ぎていました。
ちゃんと前を向いて歩かないからこのような不安に陥ってしまったのかなと感じています。
もっと前向きに、今の現実に向き合うことが大切だと感じました。

「亡くなった・死んだ人に会いたい」問答一覧

亡き母に再会し、謝る事は出来ますか?

初めまして。二点質問よろしいでしょうか。 ・昨年末に母の一周忌を済ませました。 母ロスと言ってしまえばそれまでですが、最近は悲しみの質が変わり、自分がいつかあちらに行った時に母と再会して胸の内を伝えられるのか不安になってきました。 生前は些細な事でなじってしまい優しくなれなかった事、過去の親不孝についてしっかり謝罪出来なかった事、目を見てこれまでの感謝の気持ちをきちんと伝えられなかった事(しかも、母が亡くなったのは私が選んだ施設での窒息事故が原因でした…) 今更ながらあれこれ後悔してばかりです。 未だこんな罪悪感に苛まれるということは、淋しがり屋の母が成仏できていないからなのではないか?私の今までの行いが、母の魂の浄化を妨げてしまっているのではないか?などと考えてしまいます。 良かったと思えるのは孫の顔を見せてあげられた事と、子どもである私が親より早く亡くなることなく 母を看取れた事しかありません。(亡くなる直前、母の耳元で「ずっと側に居るから安心して」「私はしっかりやって行くから大丈夫だからね」とは言えました) お位牌と写真に手を合わせれば、心の中で対話出来る事も頭では理解しているつもりです。が、やはり母とまた会って今度こそ感謝と謝罪の気持ちを直接伝えたいのです。追孝を心掛けていれば、この願いは叶うでしょうか? ・母は戦争孤児で、養父に育てられました。私にとってこの養祖父は、生前自分が亡くなったら今のお墓が絶えてしまう事を案じていたそうです。母が未だ元気だった頃、養父と夫(私の父)どちらのお墓に入りたいか希望を尋ねた時があったのですが、双方に気を遣ってか当時は曖昧な答しか返って来ませんでした。 亡き父のお墓については他に管理者がおり安心な事と養祖父菩提寺の奥様と母との関係が良好だった事から、私の一存にて、母は養祖父の方のお墓で眠ってもらっております。私の目の黒いうちは、父のお墓についてもしっかり守って行くつもりですが、おしどり夫婦だった両親の遺骨を、別々のしかも宗派も異なるお寺に託してしまった事は果たして良かったのか否か?両親の位牌は私の自宅で仲良く隣同士に並べてありますが、亡き父が淋しがっていないか?母はこれで満足だったのか? 今後私の取るべき方法につきご教示いただければ幸いでございます。 お忙しいところ、長文乱文大変失礼いたしましたよろしくお願い申し上げます。

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おばあちゃんに会いたい

はじめまして 3年前に73の父が亡くなりました。父は5人兄弟の長男で、施設に入っている父の母親である95歳のおばあちゃんを週に一度の面会に足繁く通っていました。 祖母は頭もしっかりしており、とても情に厚い人です私も嫁にいくまでは一緒に住んでいて一緒に祖母のことは気にかけ、ときには買い物 にも付き合っていました。 私が嫁に行くときには遠方なので、もう気軽に一緒に出かけられない ねぇと泣き笑いしていたのを思い出します。 父の兄弟は、私も父が面倒を見てるから大丈夫と言わんばかりに全然顔を見せません。 そんな、父が亡くなった時に 「絶対におばあちゃんにはお父さんが亡くなったことを言わないで。言うとショックでどうなるかわからないから。お願いよ!」 と言われました。 毎年、子供の夏休みの度に実家には帰るのですが、もう3年も会えていません。とても心が痛いです。 これまで、何もしなかったわけではありません。おばに会いに行き、どうしても会いたいからと訴えると、絶対に悟られない自信があればいいと言われましたが・・・・ そんなことは到底無理です。それは 会ってはいけない という事だと理解しました。 逆に、父が元気であること、私の近くの都会の病院で持病の糖尿病の治療で入院しているから心配ないこと。をお婆ちゃんに説明するとともになんで私達のフォローをしてくれないのか。しょっちゅう聞かれてとても困っている・・・残された兄弟で面倒を見ているのも大変・・と 私の母は実家に住んでいますが、7年前におじいちゃんが亡くなった時に訳が分からずお前がおじいちゃんを見てくれないからこうなったと言いがかりをつけられ、母とは絶縁状態です。母も同じく祖父母のことは本当の母娘の様に接していたので羨ましいくらいでした 叔母たちと連絡を取っても、母の悪口、もう聞きたくありません。 もう3年です。母も私も全然連絡が来ない。もう祖母はわかっていると思います 母は、叔母たちにそんな仕打ちを受けるのも身に覚えが無いから、きっと祖母がなにか悪口を言ったからこうなっていると思ってしまっていて、祖母にも会いにいくことはないですし、祖母の話題もなんとなく禁句みたいになってしまいました 私が祖母に会いたい気持ちはどうすればいいかわかりません。 もう年齢的に時間も長くはないかもしれません。 アドバイスよろしくお願いします

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