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接足作礼は信徒はやっちゃいけない?

回答数回答 3
有り難し有り難し 16

いつもお世話になっております。
接足作礼は僧侶の作法だから、信者は
やっちゃだめだよ、引かれるからね。
と菩提寺のバカ坊主が言っていたのを
思い出しました。
しばらく行ってないけど。
✳︎
本山の説教会では導師さんと一緒に皆で
やりますし、浄土宗日常勤行式には
三唱礼、私の祈願寺の写経作法でも
三礼五体投地が 組み込まれています。
それを伝えたら
「場所によって違うから!」
とアヤフヤにされました。
✳︎
きのう早速お説教にお上がりしそれを
尋ねると、「五体投地やっても構わない」
との布教師さんからお言葉を頂きました。
✳︎
ちなみに私の菩提寺は、娘の友達が寺の
イベントに遊びに来ても手も合わさない、
さらには特徴的な檀家さんを指差して差別
的な発言をしてクスクス笑っていても親
(坊主や寺庭)が止めないような寺です。
席離れてても丸聞こえだっての。
お釈迦様が自分の子に「ラーフラ」なんて
付けた理由がしみじみわかりました。
✳︎
本当のところどうなんでしょうか。
信者は接足作礼やっちゃだめなんですか?
ご回答頂きたく存じます。

2017年11月20日 5:43

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

するのが本式だとは思います

前にブータンの国王さまが新婚旅行でいらっしゃった時に、特ダネでブータンってどんな国特集をしていました。それを見ていたらブータンの一般家庭の旦那さんが朝、自宅のお仏壇に五体投地の三拝をしていました。いやぁ〜感動しましたねぇ。感動して、次にこう思いました。「誰だよ一般家庭で仏壇祀って先祖供養するのは中国発祥だ!とか日本くらいなものだ!とか言い出したのは。日本の方が断然遅れてるじゃないか!いい加減なこと言いやがって。」

私は東南アジアで上座部の修行をして来ましたが、あちらではまず皆で前を向いて仏と法に読経礼拝します。そしたら次にお坊さんが回れ右をして、お坊さんと檀信徒さんと向かい合います。で、お檀家さんがお坊さんに向かって読経礼拝し、仏法僧の三宝に読経礼拝する流れになります。

曹洞宗大本山總持寺でも修行しましたが、その時に屋外のお地蔵さんに五体投地なさっている奥様がいらっしゃりました。その作法が曹洞宗のやり方ではなく海外式だったのと、お坊さんも屋外では立三拝なので地べたに五体投地すべきかという二点で賛否両論の議論が交わされました(本山としてではなく修行僧の間で)。でもお拝は出家者の作法であり檀信徒さんはダメという意見は無かったように思います。

日本の檀信徒さんは五体投地に縁がなさ過ぎなんですよ。

と言いつつ、私もいざ法要の時はお檀家さんのに五体投地ではなくいわゆる合掌礼拝の作法で三度お拝して下さいとお勧めするんですけどね。
上座部の五体投地はずっと膝をついたままやります。でも日本では立ってお拝して立ってお拝してという形でしょう?これはお坊さんでも老僧さんが歳を感じるシーンNo.1なんです。
ましてお参りのご高齢者さま方に「さぁ、五体投地して下さい!」とは言えないわけです。
で、誰かが自分より丁寧な作法をとっていると、真面目な人ほど心苦しくなるのが人情というものです。そこで心が揺らぐとお拝がお拝で無くなる。だから檀信徒さんは皆さま一律で座ったまま三度合掌礼拝をお願いします、ご了承下さい…と、こうなるわけです。

でも個人的なシーンでなさる分にはドンドンなされば善いと思いますよ。それが仏教徒として本来の形でしょう。あくまで私個人の思いではありますが、私は「日本だって在家の檀信徒さんにやらされではなく、心から五体投地してる人がいるんだぞ!」って言わせていただきたいですよ

2017年11月20日 9:40
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有り難し
おきもち

曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み) 最近YouTubeを...

プライドの煩悩は悩み苦しみの原因

五体投地をされるのが本来望ましいと思います。
そういう意味では(教義上は)、あなたは「正しい」のです。
ただ、浄土宗では還愚(愚かな自分に還る)、つまり自分の愚かさに気づくことが大切だとされます。
この還愚とは、自分の煩悩に気づくことではないでしょうか。
欲・怒り・怠け・プライドなどの煩悩は、悩み苦しみストレスの原因になります。
たなたは「正しい」のです。
しかし、自分が「正しい」ということにプライドを持ちすぎて、柔軟性がなくなると、悩み苦しみや、怒りの原因になります。
そこのお寺では、そこのお寺のルールがあるでしょう。
本堂で行われる勤行の、全体のバランスというか雰囲気というか、主宰者である住職さん(オーケストラの指揮者)が、五体投地をやらないよう指揮されているなら、少なくとも、みんなそろってお勤めするときはやらない、という柔軟な対応をなさってもよいと思います。
本堂への出入りのときに、個人的に五体投地するのは良いと思いますが。

話は変わりますが、法然上人がある書物を作成するときに、そのお手伝い(書記役)を、本来なら最も適役と思われる優秀な弟子Aに頼まず、別の弟子に頼んだのです。
それはなぜかというと、弟子Aに頼んだら、弟子Aが喜んでうぬぼれてしまう(プライドの煩悩を増強させてしまう)と、法然上人が見抜かれていたからなのだそうです。
浄土宗は、煩悩のある人でも救われる教えだけれど、煩悩を野放しにするよりは、煩悩には敏感に気をつける方が良いのです。

2017年11月20日 12:46
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有り難し
おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

拝読させて頂きました。
五体投地接足作礼なさって頂いて良いと思いますよ。
僧侶でも檀信徒でも三宝に帰依することは何より大事ですからね。
後は回りの方と合わせることも大事だと思います。
共にお勤めなさってお念仏おとなえなさるのですからね。
それと例えば増上寺のように檀信徒の席が下足で椅子の場合はやはりやりづらいと思います。
やはり時と場所を検討してなさってくださいね。ズボンや肘のところが汚れてしまったりするのはちょっと考えもんだと思いますからね。

お一人で仏様にお向き合いなさる時にはゆっくりと心を込めて五体投地接足作礼なさってくださいね。

南無阿弥陀仏 合掌

2017年11月20日 20:33
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有り難し
おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして8年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラー...

質問者からのお礼

【大慈 先生】
ご回答ありがとうございます。
最後の一文は私に対するお褒めの言葉と
取っても差し支えありませんでしょうか。
えへへ…。これが本来のあるべき姿、か…
嬉しいです!日本の仏教だって、まだまだ
これからですよっと!!
お布施が安かったら恥ずかしいとか、
後継ぎ作りばかり繁盛して檀家の気持ちを
考えない奴なんか極々一部、
日本の仏教は廃れてなんかないんですよ!
と、言いたいです。私も。

【願誉浄史 先生】
ご回答ありがとうございます。法要の際は
皆で座ったまま合掌礼拝をします。
さすがにそれは合わせています。
イチャモン垂れてられたのは、まさに
「個人的な堂への出入り、仏への礼拝」
の時の五体投地に対してです!
更にそれを見ていて褒めてくれた他の檀家
さんへ、「あれは本来お坊さんの作法なん
ですよ〜」とか抜かしてました。
陰湿でしょ?確かに忙しい時に絡んだり
したのは反省してるけど。それはもう
終わったことだろうに。

【願誉浄史 先生】
ご追伸ありがとうございます。
煩悩にはより敏感に注意…そうですよね。
本願ぼこりが高じて好き勝手やられたら
たまったもんじゃないですからね…。

【kosyo Kuuyo Azuma 先生】
ご回答ありがとうございます。そうそう、
ご本山は椅子だからあそこ。
みんな手だけ上向けてやってるんで、私も
合わせてます。祈願寺は畳&カーペット、
靴はもちろんテイクオフなので普通に
出来ますね!私が言われたのは、
「公私問わず、接足作礼はやるな」です。
そうそう、久々に行きましたよ、お説教!
みなさん覚えててくれて、久しぶり!と
声を掛けて下さいました!
件のおっさんはどこか別のお寺の法要に
行くとかで説教には来ませんでしたwww

「供養の仕方」問答一覧

名前も顔も知らない人に回向供養がしたい。

今、目の前の店舗内で人が倒れて、 10人ほど救急隊の方が処置と搬送の 業務に当たっておられました。 ポンプ車も来ていました。 やがて、救急車は10メーター程 けたたましくサイレンを鳴らして 走っていたのですが、突然、赤色灯だけ つけたまま、端に寄って停車、 ヘルメットを脱いだ救急隊員さんが 運転席から飛び降り、助手席の隊員さんに 何か声をかけて、また車に乗りました。 一緒に来ていたポンプ車も静かに 走り去っていきました。 しばらくすると、パトカーが来ました。 救急車はずっと留まっていました。 救急車のサイレンが突然止まった時は、 患者様がご臨終の時。と、聞きます。 まして、警察車両もいたので… まさにその通りかと思います。 私は当時、駅にいました。 人が多かったので、堂々と拝むことも できませんでした。 シャープペンシルで空中に、救急車を めがけてキリーク梵字を書き、囁き声で お十念を称えましたが、届いたかどうか 不安でなりません。 いま、様々な感情が私の体を駆け巡って います。お悔やみもそうですし、 業務に当たっていた隊員の皆さんは もどかしかっただろうとか、悲しかった だろうとか…。 顔も名前も知らない相手です。 どうすればいいですか。

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

先祖供養について教えてください。

こちらで、質問及び皆様の回答など 拝読させていただきまして心のモヤモヤが 少しづつ晴れてきます。 この度もよろしくお願いします。 今回は先祖供養について、質問させてください。 私は母が未婚の母のため、実家とは疎遠になり、母の実家ももちろん実の父の先祖の墓参りをした事がありません。 私自身、結婚は出来ましたが、夫とは 一度離婚をして再び同居をしています。 その夫は現在、癌で闘病中です。 最近は病状が、さらに悪化している為 色々 先の事を考える毎日です。 近所のお寺の住職にお伺いという占いで度重なる不幸について、占っていただいた所、両家の〇日と〇日の先祖の供養がされていないとの事で、祈祷済みの御札をいただき神棚に入れ、毎日お参りしています。 離婚の際も姑との折り合いも元々悪い事もあり、夫の実家のお墓参りなど当然今後も出来ません。 宗派なども分かりませんが、許される事なら 夫と、私は現在の住まいから通いやすい場所にお墓を、立てたいと思います。 姑は現在も健在なので、もし夫のが先に亡くなった場合は骨を分けてもらうなどの話はしてもいいものでしょうか? 話し方としては、子供が通いやすいという理由で言ってもいいものでしょうか? 先祖供養とは、9月のお彼岸の時期に、お寺で合同供養祭などで、両家の名前を読み上げてもらうだけで、少しは気持ちが届いているのてしょうか? 聞きたい事がたくさんあって、話にまとまりがなく申し訳ありません。 私は自分の母の墓の用意と夫と自分の墓の用意を、して子供達の未来が 少しでもよくなるように、命の限りつくしたいと常々思っています。 子供の幸せを願うのは、親の使命だと思っているので、 出来る限り、私達が、被ってきた不幸を 絶ち、子供達には 世間並みの、幸せを歩んでもらいたいと思います。 思いが、強いばかりで何から手をつけていいか分からず、今回もこちらを頼りにさせていただきます。 長文で大変失礼しました。 どうかよろしくお願いします。

有り難し有り難し 29
回答数回答 2

供養の気持ち

先日こちらで質問させていただき、又ご回答いただきましてその際は本当にありがとうございました。度々になりますが、またご相談させて下さい。 母の同僚の方より、弟にお線香をあげさせてほしいと言われています。ありがたいのですが、私達家族はまだ心の整理もつかず、又その方は弟と直接面識のない方なのでお気持ちだけ頂戴します、とお断りしているのですが何回も言ってこられ中々理解していただけません。 昔から家族ぐるみでお付き合いのある別の同僚の方からも同じようにお話しして頂いたのですが、直接家に行ったら上げざるを得ないのだから、本人(母)にわざわざ言わないで、と返されたそうです。 弟の友人、葬儀に来られなかった身内の者には、事情を説明し四十九日の後で…お願いすると皆さん理解して下さいました。 先日、再度お線香をあげさせてほしい、母を励ましたい、と仰られたので、それなら食事の場を設けてもらった方が嬉しいとお願いした所、前出の別の同僚の方に母の休みの日に直接家に行こうと言われましたが、何とか食事会へと誘導してもらえました。その場で直接母にお線香すらあげさせてもらえへんのね!と言われたようです。お気持ちはありがたいのですが、お断りするのはそんなにも非常識なことでしょうか。 別用で自宅へたまたま来られた方がお線香をあげていただくのは構いません。歪んだ解釈かもしれませんが、何だか執着されているように思ってしまいます。 又、私の同僚は我が家の浄土真宗でのやり方を否定してきます。 例を挙げるなら、お坊さまがお線香や仏飯は遺された者に無理のない範囲でして下さい。気持ちが大事です、と仰られた事に対してそれは間違ってる、それでは供養にならない、手間かけないで成仏できるの?等です。以前も祖父の葬儀やお盆の質問に答えると、浄土真宗物知らずって昔の人は言うからな、と言われました。その方々の宗派は伏せますが、同じ地域の田舎の方です。お二人共悪意はないと思います。 家庭、地域、宗派で其々考え方や習慣が違うのは理解していますが、そんなに責められることでしょうか。私は恥ずかしながら疎いせいもあるかもしれませんが、違いはあれどもどの宗派も誤っているとは思いません。 今は出来るなら静かに悲しませてほしいです。 弟を思う皆が辛い気持ちですが、やはり両親は更に辛いと思います。そんな母に必要外の心の負担を負ってほしくないです

有り難し有り難し 9
回答数回答 2

葬儀の後の弔問などについて

愛する彼女が先月亡くなりました。 家族葬でしたが、ご家族には良くしてもらい葬儀に参列させていただき、また火葬も参列させていただきました。 しかし葬儀後から今日まで52日経ちますが、その後お線香をあげに行けていません。 (ショックが大きくて仕事以外で外出できなかったため…が大きな理由ですが、お線香をあげにいく頻度だけが供養となるのか疑問だからです。) こんな情けなくて薄情者な自分に嫌気が差します。 こんなに日にちが空いてしまって、ご家族も今更なんだろうと思いますでしょうか… 私はどうればよいでしょうか。 今からでもお線香あげに行っても良いものでしょうか。それとも秋の彼岸のような節目に行くべきですか? 調べれば調べるほどマナーや〇〇するべきのような情報が出てきて、混乱してわけ分からなくなっています。 彼女とは交際期間は3ヶ月と短かったため、私の家にはあまり彼女の物もなく、家にたまたま忘れて行ったタオルに向かって毎日拝む日々です。 お線香はあげていませんが、彼女のことを失ってとても辛いですし、供養したいという気持ちはあります。 しかし月命日ごとにお邪魔したり、やたらとお伺いするのは逆にご家族に迷惑になるような気がしています。ご家族からは葬儀後、今回のことを引きずらずに自分の人生を歩んでいってくださいと連絡いただきました。 文がまとまっていなくて申し訳ありません。 あくまで一般論として、 恋人と死別した場合、葬儀後の弔問の頻度はどの程度が良いか?をお聞きしたいです。ちなみにお墓に納骨はしておらず、ご実家の仏壇への訪問となります。 また、故人に対してちゃんとお線香をあげたりしなければ、故人へ私の供養の気持ちは届かないでしょうか。決してしたくない訳ではないのですが、どうも頻度と想いが比例するとは思えないのです…やはり私は薄情な人間なのでしょうか。

有り難し有り難し 8
回答数回答 2

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