祖母の供養と生の終わりに向けて
こんにちは。先日父方の祖母が亡くなったことに関わって、質問をさせていただきたいと思います。
祖母は晩年の10年ほどを施設で過ごしていましたが、環境の変化や、コロナ禍で面会が極端に制限されたことなどから、最期はほぼ寝たきりとなり、認知症が進んで言葉を交わすこともできなくなっていました。
ただ、歩けない・話せないといったことは、祖母がゆっくり時間をかけて生まれた頃の姿へ還っていくさまを見せられているようでもあり、最期まで一生懸命生きるということを教えられたようにも思っています。
祖母は昔かたぎというような人でもあり、元気だった頃には嫁姑関係の諍いが原因で、私の母親などは随分辛い思いをしたようです。そうした祖母に反発を覚えたこともありました。
しかし孫の私に対する祖母の接し方はとても優しいもので、可愛がってもらった思い出が多いのも確かです。それと同時に、「もっと話がしたかった。」「もっと一緒に出かけたり、食事に行ったりしたかった。」「身体の自由がきかなくなっていくことを、祖母自身はどう感じていたのか。もっとしてあげられることはなかったのか。」といった反省や後悔も続々と生まれました。祖母は殆ど家から外に出ない人でもありました。
誰しもが考えることかもしれませんが、亡くなった人に対して、生前に自分ができなかったことの反省や後悔がない人は少ないのではないかと思います。私は、その反省や後悔の上に立って、今生きている人たちに対して同じ思いは持つまいとしているのですが、それでも将来的にそれがゼロになるとは思えません。
また、お葬式の後、祖母のお骨を骨壺に収め、初七日法要を勤めるまでの場に立ち会いましたが、滞りなくお骨上げができる形で最期を迎えられる人は、この世の中に何人いるのだろうとも思いました。
祖母は祖母なりに、懸命に自分の人生を生きていたと思うのですが、自分も同じように最期を迎えられるだろうかと思うと、迂遠な道のりに気が遠くなります。
生前は感謝とともに葛藤も抱いていた祖母を、これからどう供養してあげたらよいだろう。翻って自分自身が最期を迎える時、これまで出会った人たちに対する反省や後悔にどう向き合えばよいのだろう。いずれ迎える生の終わりに、どう心構えをするべきか。…まとまりなく申し訳ありませんが、こうしたことにアドバイスがいただければ有難く存じます。
世の中に希望が持てない。
お坊さんからの回答 1件
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お祖母様は仏さま
孤猿さん
拝読させていただきました。
お祖母様に対してもっとしてあげられることがあったのではないかと後悔がおありなんですね。確かにコロナ禍という異常事態もあって人と会うのも難しい状況でしたね。
お祖母様は生前にいろいろと葛藤もおありだったかと思いますが、浄土真宗ではこの世での命を終えたら、阿弥陀様のいるお浄土に行かせてもらって仏さまに成らせていただけるということを教えてくれています。嫁姑の争いがあったり、晩年は人とも面会できず寂しい思いもされたかも知れませんが、今はもうそのようなことも乗り越えて悟りの世界に行かれているということです。
なので、供養と言っても亡くなった人に対して行うのではなく、亡くなった人を通して自分自身がどう生きるかが大事だと浄土真宗では教えてくれています。
孤猿さんのことを可愛がられたお祖母様だったら、きっと今でも孤猿さんの幸せを願っておられるでしょう。孤猿さんが自分のことで後悔をして落ち込んでいてほしいなどとは露ほども願っていないはずです。ですから、孤猿さんが幸せになってご自分の人生を全うすることこそが、お祖母様にとっても誇りの孫として嬉しく思えることになるのではないかと思います。
もし晩年の10年ほどのご自分の行いに後悔があるのであれば、今後孤猿さんがお祖母様と同じような状況に置かれている人に出会った時に、その人に対してもっと話をしてあげるとかお世話をしてあげるとか、ご自分のできることをされていったら、お祖母様との経験も無駄ではなくそこから大切なことを教えていただいたと経験が光り輝くものになってくるかと思います。
お祖母様の為にもぜひ、孤猿さんお幸せになってください。
質問者からのお礼
釋 祥應 様
お導きをいただき、ありがとうございます。私の家も浄土真宗ですので、大変参考になりました。同時に、お通夜やお葬式でお経をあげてくださったお坊様が仰っていたことを今一度思い返して、理解を深めることもできたように思います。
浄土真宗の教えは、過去と未来をつなぐ素敵な教えなのですね。私自身、思い返せばこの数年間は前に進めず立ち止まってしまうことばかりだったのですが、悲しさや寂しさを受け止めて、これからの人生を一生懸命生きていきたいと思います。私の命ある限り、祖母をはじめ、先立った人たちとともに生きるという気持ちで過ごしていきます。本当にありがとうございました。