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占師に寿命を言われてしまって苦しいです

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有り難し有り難し 67

ご多忙の中、
私の話を見てくださってありがとうございます

半年ほど前になりますが
占いが出来る居酒屋やさんに行きました

店主のおじさんが
「貴女は可愛いね、とっても可愛い」
と、褒めてくださったあとに
「でもごめんね、37歳で亡くなるよ
心臓発作だね」
と、いきなり余命宣告されてしまいました

結婚をしたばかりで
26歳の私は、恐ろしくなって
「どうにかなりませんか?」
と聞き返しましたが
「ごめんね、どうにもならないよ」
と、一蹴されてしまいました

元々、
他人に親切に
上からの恩は下に返すように
という家訓で育った私は
これ以上人に優しくしたら
人間界での修行を終えて、
神様の元に還されるのだろうか…
など、いらん心配まで始める始末になってしまいました

子供を生んだとして
長く生きられないなら
子供を作るべきではない
旦那が一人になってしまう
と考えたり
心臓発作で死ぬと聞いたので
AmazonでAEDの価格を調べたり
新婚生活も、死に怯えながら過ごしております

どなたかに、
「大丈夫」
と背中を押していただきたいだけかもしれません

いつか神様の元に還されるのは
もちろん理解しておりますが
順番通りに召されたいです。

まだ、祖父母も、両親も健在です
旦那を遺して還るのも、
まだ考えたくない未来です

お忙しい中で
このようなふざけて聞こえる相談で申し訳ないのですが、
どなた様か、
大丈夫だと、背中を押していただけないでしょうか


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

人の命を見つめ直すいい機会

おしま様。
ご心中お察し申し上げます。

占いなど迷信だ・・・
と心の中で思いつつも、やはり幸せな事を聞きたいですし、悪い結果が出たならば、対処法を教えて欲しいものです。
短命などと言っておいて、放りっぱなしはないですよね。
その人が、あなたの人生に責任を取れる訳など出来ないクセに。

私も同じ経験を持ちます。
10年前、占いの当たる居酒屋の店主に、君の寿命はあと10年と。
本気で信じた訳ではありませんが.....
占い通りなら、そろそろ寿命が尽きてもいいはずなのに、なかなか極楽浄土へ行けません。

ところで、居酒屋の店主さんは、お客さんとのコミュニケーションを取る一環で、占いをしておられるかもしれませんね。
それなら、いい事を言ってくれてもいいのにと思います。

私は短命と聞かされ、10年間自分がやりたいことを実現するため、がむしゃらに取り組みました。
後悔の無いようにしたいですから。
ですので、この10年間は楽しかったですし、今それが活かされる場面も多々あります。
ですが......
どうも占いがはずれたようなので、生かされていることに感謝し、またこれから10年、後悔の無い生き方をしようと考えております。

おしまさん。
今から11年、自分にできる精一杯の事を成し遂げられてはいかがですか?
それでも寿命が尽きないのなら、さらに11年、後悔の無いように生きてみるのです。

今回の件は、おしまさんにとって、人間の寿命を考えさせられた、いい機会だったのかも知れません。

老少不定(ろうしょうふじょう)。
人の寿命など、老いていようが、子どもであろうが、定まっていないのです。
だからこそ、今できる事をこなしていく。
だからこそ、思いやりを持って人と接する。
少なくとも私は、そう考えております。

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時宗の寺院で住職をしています。 今の時代、お寺の在り方とは、僧侶とはいっ...
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仏教は因縁論

おしま様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「全ては、縁起し空である」というのが仏教の考え方となります。

難しいことですが、簡単には、全てのモノ・コトは、他に依存して成り立っており、そのものがそのもの自体で独立自存にて存在し得てはいないということを申します。

他に依存してとは、例えば、因縁(原因と条件)に依ってということになります。

もちろん、命もそうであります。

命も、永久永遠に実体的にあり得るものではなく、少し難しく申しますと、「五蘊仮和合」、色(物質・肉体)、受(感覚・感受作用)、想(表象・概念作用)、行(意思・意志作用)、識(意識・認識作用)の各作用するものが集まって、何とか今の命が維持されているものとしてあり得ているのであります。その五蘊のどれの部分を分解していっても、何か「命」という実体があるわけではないのであります。

その他、五蘊だけもでなく、更に色々な因縁次第により、命の存在も変化してゆくもの(無常)となります。

まあ、百歩譲って、その占いの結果が事実であったとしましょう。

しかし、もし本当であったとしても、あくまでもそれまでの因縁によるところとしてで、それからの無数に及ぶ因縁までは、その占い師も分かり得ない、占いが及び得ないというところもありますから、当てにならないところが当然にございます。

その時からの因縁次第によっては、占いの結果というものも刻々と変わりゆくものに過ぎず、健康・体調管理に気を払う程度のことの、その因縁だけでも変わっていくものではないかと存じます。

とにかく、仏教では(実体的な)運命論・宿命論・決定論は否定されることになります。

それよりも、因縁次第であるとして、特に心をより善く、清らかに調えていくための仏教の説く因縁にしっかりと取り組むことで、生死の安心を目指して参りたいところでございます。

川口英俊 合掌

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おきもち

Eishun Kawaguchi
最新の仏教論考はこちらでご覧頂くことができますが、公開、非公開は随時に判断...
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お釈迦様は占いなどに頼るなと言いました。
占いは捨ててお釈迦様の教えに頼って生きていきましょうね。

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私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答しています...
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