「智恵あるものに怒りなし」の本当の意味とは?
タイトルの言葉を
あるインターネット記事で見つけました。
お釈迦様は、ある異教徒に、
「怒りに怒りをもって報いるは、愚か者のすることですよ」と仰ったそうですが、
この言葉の本当の意味はなんでしょうか?
「怒りをもって報いる」ことは愚か者であると仰っていますが、怒りを否定したものではないと思っています。「ネガティブなことをネガティブなまま返すのはダメだよ」という意味で捉えています。
では、「そのネガティブな感情をどう扱うか?」が問題になると思います。
たしか、仏教では、感情が沸き起こるのは否定していなかったのではないかと思います。
沸き起こってきた感情はありのままに受け止めなさいという教えだったかなと思います。
落ち着いた頃に、「原因は何だったのかな?」と考え、経験から学ぶ。それが大切だと考えるようになりました。
そもそも、人間が感情を持っているのは当たり前です。様々な感情があることで、人は学ぶことができるし、行動することができるのだと思います。感情という道具が悪いのではなく、道具をどう扱うかが問題なのだと思います。
仏教での感情の教えとは、どのようなものなのでしょうか?
我が強い。保身のために、人を妬んだり、羨んだり、言い訳をしたりする。気持ちに余裕がなくなると、怒ってしまう。愚痴を言ってしまう。過去に学んだことに執着してしまう。未来に対して余計な不安がある。
お坊さんからの回答 1件
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怒りは、自分で自分を不愉快にする
お釈迦様は、たとえ誰かにノコギリで身体を切られたとしても、加害者に対して怒ってはならないと説かれています。
怒りの煩悩は、怒っている本人の悩み苦しみにつながります。
怒りの感情が起きなければ、人生はかなり楽になるでしょう。
怒りがない人生とは、ムカつくことも、悲しみや嫉妬もない人生です。
そんな人生に少しでも近づくためには、怒りにくい性格に、自分で自分を改良していく方が善いのです。
仏教の智慧は、怒りを含め、煩悩を弱めるのに役立つような、ものの見方です。
智慧の完成(怒りがなくなる)は、私達にはなかなか難しいですが、それを目指す方が、人生のストレス軽減につながります。
怒っているときは、不愉快です。
怒らない性格になれば、人生の不愉快が減るのです。
怒りの感情は、悪です。
仏教で「悪」とは、悩み苦しみの原因だという意味でしょう。
毎日怒っている人は、毎日悩み苦しみストレスを感じて不愉快な人生になります。
怒って、自分で自分を不愉快にするのは、賢い生き方ではないですよね。
質問者からのお礼
〉願誉浄史 様
ご回答、ありがとうございました。
怒りを含むネガティブな感情は、不愉快なものを引き寄せますし、最悪、身体症状に現れると思います。そのため、負の感情は、悪だと思います。
先を見通していれば、安心して進むことができます。過去の原因や将来の予測についていくつか可能性が考えられれば、「あっ、こうくるのね」、「そういう行動になる可能性もあるよね」と落ち着いて考えられるようになるかと思います。つまり、賢者はストレスを溜めないということですね。その反対が、愚か者だということになりますね。