自分を責めることをやめられません
駄目な事はわかっているのですが、自分を責めることをやめられません。
私の希望がかなっても、その為に他人を犠牲にしてしまった…と自分を責め、私のやり方が間違っているのでは…常に不安になります。もっといい方法があるのでは?と常に自分にダメ出しをしてしまうので、心が休まりません。
どのような考え方をすれば、自分を責めず心安らかに過ごす事が出来るでしょうか?
嘘をついてしまったり、失敗してしまったことを何時までもうじうじ考えて後悔して、自分にダメ出しばかりしてしまいます。
甘えているんだろうなぁ~とも思います。誰かに助けて欲しいのでしょう。
頭では理解しているつもりですが、実行出来ていません。さらに自分を責める…の悪循環です。
このような悪循環から抜け出すには、どうしたらよろしいのでしょうか
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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それで生き延びて来たのでしょう?
こんにちは。あなたは、その慎重さや自己抑制があったからこそ、生きて来たのでしょう?そこには何らかのメリットがあるはずです。
…他人から見たら取るに足らないことかも知れません。ごくパーソナルなことかも知れません。親との関わりにおけるものかも知れません。
とにかく「自分を責め、ダメ出しする」ことで、もっと酷いことから避けてきた…のではないでしょうか。もしかすると「心が休まらない」こと自体があなたにとって何かのメリットになっているかも知れません。
まずは、その「避けて来たこと」が今でも続いているのか否か。それが問題です。おそらく環境は変わっているのでしょう。けれど、あなたの中で癖づいているから行動が変わらない。記録をつけて白黒ハッキリしてはどうですか?
「そのために他人を犠牲にした」それは文脈として正しいですが、人生なんどもあることではないでしょう?それとも「私が今日、バスの座席に座ったので他人に迷惑をかけた」と思うほどですか(譲ればいいだけです)?
また、これは「お互い様」の話です。「私が犠牲にした」こともあるし「私が犠牲になった」こともある。「お互い様・お互い様」です。
日々「もっとよい方法があったのでは…?」とのことですが、漠然としたものですか?その問いが生まれた時は書きとめて「3つは他のアイデアを出してみる」ことを実験してみてはいかがでしょう?アイデアマンと呼ばれる人は、とにかくたくさんのアイデアを検討し、試しています。アイデアが出ないなら「今の選択で最善なんだろう」と思ってよいです。
さて、可能性の最後「心が休まらないこと自体が何らかのメリット」。これは「目の前のことから避ける」人の行動パターンです。休まると現実を直視せねばならなくなりますからね。
質問者からのお礼
早速の解答、ありがとうございます。
メリット…自分を責めて求めるものは承認だからでしょうか?「そんなことないよ。あなたは大丈夫」と受け止めて欲しいのでしょうか?
ちょっとすぐには受け入れられませんが、何か大事なことを教えて貰った気がします。
アイディアを3つ出してみる…はやってみます!でも、今度は選択が出来ない気が…
記録してみます。
思った事、感じた事…
やってみたこと無いことやってみます!