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猫の手元供養などについて

20年近く、共に過ごした猫を2月に亡くしました
まだ離せず、納骨はしていないです
分骨も行い、母と私が尻尾の先を大切に連れています
お葬式はペット霊園で簡単にしていただき、その霊園で焼いていただきました
とても親切にしていただき霊園には感謝しています

気のせいかもしれませんが亡くなってから今まで、どうにもまだ家にいるようで気配を感じます
リビングのドアを外からカリカリと引っ掻く音がしてもう一匹の猫かと思ってドアを開けると猫はいません
部屋を見渡すと、リビングにはちゃんと猫がいるのです
カリカリされた時にドアを開けると、その残された方の猫がキョロキョロと周りを見渡す事もあります
他にも、よくうっかりとPCのスイッチを踏んでしまう癖のある子でしたので、誰もPCの傍にいない時に突然スイッチが入ったりします

私たちが寂しがってお骨を離さないから、どこにも行けずにいるのでしょうか?
それともいたくて傍にいてくれるのでしょうか?
母は気配を感じるととても嬉しそうにします
それも良くないのでしょうか
このままずっといる事になってしまうとこの子のためにはならないでしょうか
私自身も内心はいてくれるのなら、居たいだけいてほしいと思ってしまいます

また、猫は絶対に悪さをしないと思うのですが、つられて良くないものは来てしまいませんか?
もし来るのなら塩を撒くなどしても良いのでしょうか?
猫もいなくなるのではないかと思ってしまいます
猫には満足出来るまでいてほしいのです…

その他
有り難し 4
回答 1

質問投稿日: 2018年8月13日 20:12

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

「日にち薬」しかありません・・・。

2月に亡くなって、まだ半年・・・。そう簡単に忘れる事はできないでしょう。まして20年近く一緒に居たのですから・・・。
ちなみに、その猫は「長寿」を全うした幸せな「猫生」でしたね・・・(笑)。
感謝こそすれ、祟ったりすることは、絶対ありません!。安心して下さい。色々「気になる事」があるのは、それだけあなたやお母様が「猫ちゃん」を思っているからです・・・。
昔から、悲しみを癒す薬を「日にち薬」と申します。時間が経つしか、解決方法がないからです。
今のままの「やり方」で何ら問題はないと思います。もし、気になる事があれば、南無阿弥陀仏と称えて下さい。もちろんあなたのご宗旨が浄土宗or浄土真宗であれば・・・。他のご宗旨であれば、それぞれ「お唱えする言葉」があると思います。それで宜しいかと・・・。合掌 南無阿弥陀仏

11ヶ月前

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