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親の呪縛から逃れたい

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有り難し有り難し 17

数年前、これ以上見きれないと思い、父のために老人ホームを私が契約しました。
私が保証人になる条件に、「一切ギャンブルはしないこと」を挙げました。
父のギャンブルのせいで、私の一家は崩壊したからです。

その結果、父は、入居前日に家出をしました。
子が暴力を振るうという嘘をついて、市の高齢福祉課、警察に駆け込みました。

失踪願いを出した当日は、警察は、私を留置所へ勾留する体制で、家に来ました。
しかし、私は暴力などふるっておらず、ただただ父がどこにいるんだと言い続けました。
刑事の方もプロです。どちらが嘘をついているか見抜きました。

父は、父の妹の家に居候しておりました。
妹さんも困ってしまい、軽費老人ホームに入れました。

失踪から数年たった今年の夏、父は他界しました。

50万円の、未払いの市民税と、国民健康保険税を残して。

父の年金は、月額で25万円ほどありました。余裕で、市民税、国民健康保険税は支払うことはできました。
市がしっかり、連携をとって徴収していれば、このような未払いは未然に防げたと思います。

父の財産は、今住んでいる、実家の建物と土地です。

父の負債は50万円の未払い債務です。

腑に落ちないのは、
1.「勝手に出ていって、勝手に滞納して、なんで私が50万円も払わなきゃならないの?」

2.葬式代も1銭も残さず死んでいきました。口座の残金は500円でした。形だけの安価なお葬式をあげましたが、心のなかは、「なんで、こんな親のために時間とお金割かなければならないんだ。」

の2点です。

親の呪縛から逃れたいです。

どういう心持ちをしていったら、よいでしょうか。

お坊さん。お導きください。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

「親の呪縛」はどこから生まれるか

ご相談拝読しました。なんとお声がけして良いものか非常に難しい状況で心苦しく思います。

「腑に落ちない」、つまり「納得がいかない」ということとお察ししますがこの世は「私の納得」とは無関係にあり、「私の納得」とは無関係に回ります。
この「私の納得」が仏教では「我見」とか「執着」という苦しみの元であると説かれます。

しかしながらそれはなんでもかんでも我慢しなさいということではありません。どうしても受け入れられないこと、耐えられないことというのはやはりあります。

しかし本質的には「私の納得」とは無関係である、つまりは「思い通りにならないこと」であるとおさえられるかどうかで心持ちは変わってくるように思います。

今回の件ではお父様とのすれ違いが最終的には未払い債務という形で残ってしまったのかもしれません。
私たち人間は他者との関係において、お互いを思うつもりがなぜか傷つけあってしまったり、相手を思っていたつもりが実は自分の都合を考えていたということが悲しいかなあります。

お父様も、あなたもけしてお互いを攻撃しようとか貶めようとか投げ捨てようとかされたのではない。その時その時で必死に考えて行動を選択してきたのでしょう。それを誰も責めることはできず、今となっては悲しみ嘆くことしかできないのかもしれません。

さて、土地と建物のことがありますから相続放棄はできませんよね。債務については時効の援用など何か手段がないか弁護士に相談するのも手でしょうが、それはそれでまた時間も体力もお金もかかることであります。
あなたの「私の納得」はまた満足するどころか揺さぶられるものとなってしまうかもしれません。

しかし「私の納得」以前に世界がある、世界は回る、他者は動く、そしてこの私も納得してこの世に生まれて来たわけでもなく、納得した形で死んでいけるわけでもないという真実は私たちに何か投げかけてくるものがあるように思います。

「親の呪縛」は実は「私の納得」を求める心のもとに生まれてくるものかもしれません。前回のご相談では真実がわかったことに一安心されていたようですが、また問題は出てきますし気持ちも変わりますよね。

降りかかってくるご縁に対し、思い通りにはいかない中で態度を選択していく、我々にはそれしかできません。本当に難しいことです。

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有り難し
おきもち

個別相談可能
はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

お父様を許すことが出来るかどうか。

こんにちは。亀山純史と申します。

あなた自身、お父様を許すことができない限り、親の呪縛からは解放されないでしょう。

では、どうしたらお父様をあなた自身、許すことができるようになるのか。そこで、お父様の人生は満足のいく人生だったかを考えてみてください。

自分勝手の人生で、好き放題に生きたのだから、満足のいく人生だったんだ、と思うならば、あなた自身、お父様を許すことは難しいでしょう。しかし、一見、好き放題に生きたお父様の人生は、虚しい人生ではなかったのか、と思えるならば、そこにお父様を許すことが出来る余地が見いだされるのではないかと思います。

以上が私からの回答です。少しでも参考になれば幸いです。

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有り難し
おきもち

hasunohaを訪れてくれた皆さん、こんにちは。私は浄土真宗本願寺派の僧侶です。令和6年3月に、公立高校の教員を勧奨退職しました。その後、縁あって、令和6年4月からは「まちサポ雫石」というNPO法人のお手伝い、また、令和6年10月からは公立高校の非常勤講師をしています。 浄土真宗における僧侶は、仏さまの教えに生き、その教えを伝える者であり、人を悩みから救う能力を有した者ではありません。人の悩みを救う救いの主は阿弥陀さまです。ですので、hasunohaにおける私の回答では、仏さまの教えに救われているこの私の生き方、考え方を、皆様にお見せするだけです。そして私自身、お答えできるご相談の範囲はそう広くはありませんが、皆様のお役に少しでも立てればと思い、回答させて頂いております。

質問者からのお礼

吉武文法様

思い通りには行かない。
生病老死。生きること自体が修行なのですね。

まだまだ修行が足りないようです。
思い通りに行かない、自分に嫌気がさしております。

法務省の人権擁護委員に相談してきました。
しかし、死んだ人間に、人権擁護を申し出ても、もう遅い。
生きているうちならば、なんとかなったかもということ。

人権擁護という言葉さえ知っていれば、
互いに話し合いの場が持てたかも知れません。

いまとなっては後の祭りですが。

すこし、落ち着きます。
ともかく、ありがとうございました。

深謝。

亀山純史様

>あなた自身、お父様を許すことができない限り、親の呪縛からは解放されないでしょう。

まさにそのとおりだと思います。
それができないから苦しんでいます。

私の人権ってあるのでしょうか。
幸せに生きる権利を親に踏みにじられて、
人生棒に振られて。

基本的な、法要は上げましたが、気持ち籠もっていません。
形だけです。

1回忌も上げたくないのが本音です。
これ以上、一銭もあの父親に費やしたくない。

そう思っている時点で、まだまだなのでしょうね。
ズバリ回答ありがとうございました。

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