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世俗の寄付行為と仏教の布施はどう違うのですか?

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お世話になります。

私はクラウドファンディングやアマゾンの欲しいものリストが好きで、人のためにお金を使ってしまうのですが、それは仏教の布施とどう違うのかよくわかっていません。

お布施を受け取るお坊さんのご意見をお聞きしたいです。

2018年8月30日 10:38

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

結果の責任と結果の無視

世間的な寄付は、募った人が社会的な活動に役立てます。募った人が寄付した人へ感謝状や領収書を出したり、会計報告をする場合もあります。

仏教の布施は、施しをする人が自分自身の善行として寄付します。布施のことを喜捨とも言いますが、自分の執着心を捨てるために喜捨します。そして出家修行できない自分の代わりにお坊さんの修行を支援して功徳を積みます。
日本人にはあまり浸透していない感覚ですが、東南アジアやインドの方ではお施主さんがお坊さんに「(功徳を積ませていただいて)ありがとうございます」とお礼を言います。逆にお坊さんがお施主さんにお礼を言ってしまうとお施主さんに本気で怒られます。お施主さんが見返りを求めて(執着しながら)布施したことになり、功徳が全て台無しになるからです。
それどころかお坊さんは受け取る時に目を伏せ、お施主さんと目を合わせないようにします。お施主さんとの間に恩義や愛着が湧くと、それが執着となってしまうからです。それほどまでに徹底して施主は施主、お坊さんはお坊さんで完結しています。
お坊さんはお礼は言いませんが回向(えこう)をします。その功徳を全世界にシェアしましょうと宣言し、慈悲の心を養うのです。
日本のお坊さんがお布施を受けてお礼を言うのは、日頃から「感謝の心を大切にしましょう。いただきますやありがとうを言いましょう」と説いているため、率先して言わねばマズいからです。

ただ、勧進(かんじん)、つまりお寺の修復や造立などのためにお布施を募る場合はまたちょっと違うでしょう。むしろクラウドファンディングの先駆けのようなものです。
また、喜捨は必ずしも相手がお坊さんでなければいけないわけではありません。お坊さんでなければ回向がありませんけどね。
そのように0か100かと割り切るものではないでしょう。

生飯(さば)と言いまして、禅の道場では食事の際に1人当たり数粒のご飯を鬼神衆に施します。要するに鳥や虫、池の生物たち自然界に施すのですが、それも慈悲の善行です。何でもとは言いませんが、自分自身の心掛け次第で様々なことを善行にできます。
そんな小さな善行を積み重ねることがおすすめですね。大きなことをしようとすると、どうしても結果や影響に責任が生じてしまいますから。
もし大きなことをしたいと思い立ったら、菩提寺さんのように綿密に話し合える関係の中で行うのがよいでしょう

2018年8月30日 12:58
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有り難し
おきもち

曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み) 最近YouTubeを...

お布施というのは三つありますよね。
1、財施、いわゆるお金や物などを施すこと。
2、法施、仏法を施すこと。
3、無畏施、不安を取り除くこと。
どれも見返りを求めない施しであります。
その中の財施は、厳密には一般の寄付とは意味が違いますが、現代の日本ではかなり近いものになっていると思いますね。
私も財施を頂くことがありますが、お檀家様のお寺の為に使ってくださいという気持ちを感じて、思わずありがとうございますと言ってしまいます。
そして私もちゃんと法施と無畏施をしないといけないなと心を改めるのであります。

追記
バーターとは物々交換の意味でしょうか?
それなら違いますよ。
どれも見返りを求めないから布施なのですよ。

2018年8月30日 15:15
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有り難し
おきもち

私は浄土宗の坊さんをしています。 なかなか良い回答はできませんが、少しで...

質問者からのお礼

大慈様

すっきりとした解説ありがとうございました。布施は本来施主が功徳を
積むためというのがよくわかりました。寄付は目的のためですから、ちょっとちがいますね。

三宅様

解説ありがとうございました。今の日本の仏教では、財施と法施と無為施がバーターに
なっているので、寄付と同じように見えるということなのですね。

「お布施について」問答一覧

お布施について

先月末に父が亡くなりました。 お通夜、葬儀でトラブルが発生しており、悩んでおります。 亡くなった父は80代で祖父の長男にあたります。代々のお墓を祖父から継承しておりました。菩提寺は北関東にあります。代々の菩提寺というわけではありません。 祖父の代の時に、父の腹違いの妹がお寺に嫁ぎ、その時にそれまで代々御世話になっていた菩提寺の檀家から抜けて、お墓を移しました。 父は腹違いとはいえ、妹をとても可愛がっておりましたが、母や私は叔母の言葉の端々に父をバカにしたようなところが見受けられていたことから付き合いが遠くなっておりました。きっかけは祖父が亡くなった時に、その遺産を全て叔母が独り占めしたこともあります。父は面倒はごめんだというなりになりました。父自身が働いて建てた家もあり、きちんと家族を養えるという自負もあったのだと思います。 私はサラリーマンとしてきちんと一つの会社に定年まで勤め上げ、誰にも頼らず、住宅ローンを返済し、子どもを大学まで出してくれた父をとても尊敬しています。 父の妹の嫁ぎ先はお寺として裕福なようであり、外車を何台ももったり、海外にしょっちゅういったりと派手な暮らしをしています。そうできない我が家を哀れむような言動が以前からあり、私は叔母やその家族にお寺はそんなに偉くて特権階級なもののようなものなのかと反発しておりました。(勿論、そんなお寺ばかりではないとは承知しております) 問題は父が亡くなった時、叔母は住職である叔父と副住職である息子(私の従兄弟)に通夜や葬儀のお経をあげてもらうといってきました。そのことには依存はありません。 けれども、お布施をどれほど包んだらいいかと叔母に内々で尋ねたら、本山に納める事務手数料だけを負担してほしいということで80万と言われたのです。金額にとても驚きました。その反応から、叔母達は生活保護の人にはお寺で面倒をみてやるから同じようにして欲しいなら、幾らまでなら出せるのかと聞いてきたんです。 私や母はそれが亡くなった父への大変な侮辱に思えました。お経を断れば、納骨も出来なくなるということを承知で断りましたが、結果、父の妹でありながら、通夜や葬儀に叔母は出席もしませんでした。 此で良かったのかと葬儀から1ヶ月が過ぎようとしていますが心が安まりません。お寺では叔母たちのような反応が当然のものなのでしょうか?お教え下さい。

有り難し有り難し 46
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