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転職と人生

回答数回答 1
有り難し有り難し 10

10年近く勤めた職場を退職し、転職活動中です。仕事内容は楽しく利用者の方々が温かく、もっと勤めたかったのですが、職員の人間関係の悪化が苦しくなって逃げました。
次の職場を探すにあたり、自分の気持ちが見えなくなって悩んでおります。

いくつかの職場を見学させていただいたのですが、それぞれに特色があり待遇も違い、自分の生活や家族の状況とも照らし合わせ、「この部分がもう少し違えば、この職場に決めたいのに」なんてわがままを考え出す始末です。
望む職務内容で学びを深めるのがいいのか、働きやすい施設を選んだらいいのか、生活のためと割り切ることが大切なのか…

家族に障害者がおり(一人立ちは難しく、公的な支援はあまり望めません)、将来を思うとこの職では食べていけないのでは…
支え合えるパートナーに巡り会えたら幸せだと思うけれど、女社会の職場では出会いが少なく、そもそも好いた人を家族の問題に巻き込むことになってはいけないのでは…
自分はこの人生で、何を大切にしてどう生きていったらいいのだろう…
臆病風に吹かれているだけではないか…
本当は逃避したいだけなんじゃないか…
など、考え出したら止まらなくなってしまいました。

大変心が弱く情けないですが、考えを切り開くきっかけをいただけたら嬉しいです。
とりとめのない文章を読んでくださりありがとうございました。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

考え出すより、歩き出す

こんばんは。今はお仕事をされていないとのこと、それで暫くは生きて行けるなら、考え続けるのも良いかも知れません。けれど、考えるには材料が必要です。今持っている材料で決まらないのなら、今度は材料を手に入れる段ではないでしょうか。
考えるというのは、所詮「今までに知っている、どの状況に似ているのか?その時どうしてきたのか?」を思い出すことです。それを指針にして(同じようにか、全く異なるやり方か)歩き出さないと、次の材料は見つかりません。つまり自分の時間や、大袈裟に言えば命と引き換えに得ていかなければ、「新しい考え」には至りません。仏教でも必ず「学と行」があります。それらはお互い支え合い、物事は深まります。学だけの坊さんは仏教の学者にはなっても、仏教を身につけているとは言えないのです。
失敗やリスクは恐いものだと思います。しかしどんなリスクも、「今のところ起きていない」ことを思えば、「杞憂に過ぎない」可能性も常にあり、自分次第で避けることもあり得ます。私たちだって、ここで回答していること自体がリスクになる可能性を知りつつ、でも「何か意味のあることをしているだろう」と思って活動しています。回答を重ねる中で、「ああ!」と気づくことも多いです。あなたもハスノハの「読者」から「質問者」へと行動したことで、この回答を読むに至っています。
この回答が貴女にとって幸せに繋がるかは分かりません。けれど、「仏教は学と行。両方伴って生きるもの」という真理は、お伝えすることができます。
良き出会いを。

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有り難し
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一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊...
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