人生いっぱいいっぱいで、もう終わりにしたいです
生きるのに疲れてしまいました。
私は現在、社会人として働いています。
今の職場は、転職して間もない職場です。
前職場では、自身の意に反して激務部署に配属されたことがあり、しばらく頑張ったものの、心身を故障し、3ヶ月程度お休みをいただき、そのまま転職しました。
お休みを頂いていた当時、やりたいことをきちんとやろうという思いに至り、忙しくはあるものの、業務内容は私のやりたいことに親しい仕事を選びました。
また、かねてからお付き合いしていた人と進展がなかったものが、この転職を契機に同棲することとなりました。
良い条件が揃ったと思ったのに、現職場の内定をいただいた後、しばらくしてから、どうにも気持ちが沈み、「大きな変化があるから身体が驚いてる?」とやり過ごしてきましたが、仕事が始まってからは、眠れない起きれない、頭痛腹痛がひどい等、前職場で心身を故障する前に感じた心身の異変を感じるようになりました。
私自身も、仕事まで変えて、彼にも協力してもらっているにも関わらず、どうしてこんなことになってしまったのか分からず困惑しています。
もう、何をしたら幸せになれるのか分かりません。
もう一度転職活動する勇気は、正直今はありません。
というより、こんなに頑張っても元気になってくれない私に付き合うのが、私ももう懲り懲りで、何もかも終わりにしてしまいたいという思いが消えません。
彼の収入だけでは、二人で暮らすには中々厳しそうで、自身の貯金を切り崩すにも、一年、生きられるか…という額です。
実家には、転職と同棲のことは正式に報告していますが、心身を故障していたことは黙っています。昔から身体の不調に対して怒られたり、いじめられた時に怒られたりしたため、心身を故障したとは、とても報告できませんでした。そのため、実家で休養を取るのも難しいです。
せめて、消えたいという気持ちでグルグルするのではなく、どうにかして、冷静に今後どうすべきか考えられるようになりたいです。
お知恵を拝聴できますと幸いです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
空
拝読いたしました。
前の職場、しばらくは頑張ったものの、心身に支障をきたしたということは、よっぽどいやだったのでしょうね。
明らかに自分が生きていくに反することだったのでしょう。
今回、良い条件がそろった職場に晴れて転職できたとのことですが、・・・
本当は仕事なんてしたくないのに、その嫌な中から無理やり引っ張り出してきただけ、なのかも知れません。
あなたを苦しめているもの。
それは”立派な社会人””としてありたい。
という煩悩から来ているのではないでしょうか。
確かに立派な社会人であるに越したことはありません。
いや、並みの社会人くらいでいいのに、と思われているかも知れません。
ですが、社会人として、いやもっと突っ込めば人間として、どれが優秀で、どれがそうでないか、そんなもの測る機械などありません。
空(くう)。
たまたま、いろんな条件で成り立っている、不確実な状態。
この世の中は、すべて空で成り立っています。
今現在、あらゆる条件や関わりのもと、今のあなたが成り立っているだけで、それは今の条件下でのあなたでしかありません。
いまのあなたが、すべてではないのです。
次に・・・
お金は大切です。
生きていくに必要です。
あなたは、将来のお金を、一生、生きられるかを心配しておられますが、それをゴールと定めていいのですか?
それが幸せと決めれますか?
私は人生をゴールに目標を定めていいのかと思うのです。
それは、それまでの過程である人生、そのものが幸せでなければ意味がないと思からです。
すなわち今が幸せでなければならない。
どれが正しいのか、どれが正しくないのか。
そんなものは、本来存在しません。
この先どうするか?
それはあなただけで決めるように見えて、実はそうではないのです。
全てのご縁が絡み合って、あなたが出来上がっていきます。
あなたの有縁・無縁すべてです。
あなたの身体もあなただけのものではない。
ですので、いくら頑張ろうとしても、元気にならないのです。
意外でしょうが、当然の現象です。
すべてひっくるめて自分を愛してあげてください。
まずそこが幸せになる第一歩です。
「やりたいこと」と「出来ること」
こんばんは。亀山純史と申します。
仕事をするうえで仕事がストレスにならないようにするには、「やりたいこと」をするのではなく、「出来ること」をするように発想を変えることです。やりたい業種に就いたものの、仕事の忙しさや自分の能力不足などでストレスを抱えている人は、かなりいると思います。「やりたい仕事」なはずなのに、思うように出来ていないと、自己嫌悪になります。「やりたい」と「出来る」は違います。「やりたい」は気持ちの問題、「出来る」は能力の問題です。今の職場での仕事をもう一度見直してみて、「出来る」仕事はありませんか。もう一度転職するだけの勇気はないとのことですが、「出来る仕事」という視点で、職場を探してみるのも、一つの選択肢だと思います。そして、仕事だけがすべてではないのです。人生の生きがいをもっと別なところに見出し、「仕事は仕事」と考えることも大切なことでしょう。また、そうしているうちに、その仕事が、出来ることの喜びからやりがいのある仕事へと変化していく可能性もあることでしょう。
以上が私からの回答になります。少しでもアドバイスになっていれば幸いです。
気を無駄に使わない
今の自分の体調を労わりつつも、根本的に世間体や彼を含めた周囲の人に気を遣いすぎてはいませんか?
疲れて当然です。自分とはなんなのか、体のこと?心のこと?そもそも自分なんてないの?その辺りをしっかりはっきりさせないと同棲すら辛くなりますよね。
彼には一番の理解者になって貰う必要がありますよね。将来のことも考えると、あなたの不安定な部分も含めてわかってもらわなくてはなりません。
仏教とは、自分自身を知る道です。
今のあなたは自分とそれ以外の敵といった感じで常にヒリヒリしているように感じます。自分と同じ仲間として周りの環境を観れるようになると楽になれます。仲間なら仕事での何気ない言葉も気にならなくなるでしょう。
きっとこれを読んでもチンプンカンプンだと思います。直接お話するのが一番いいのですが、難しいでしょう。
機会があれば少しお寺のフェイスブックページでものぞいてみてください。
質問者からのお礼
御礼がうまく書き込めておらず、随分と時間が経ってしまい申し訳ありませんでした。皆様からの御言葉があり、今日まで生き延びてこられました。苦しい時にたびたび、繰り返しスクリーンショットで読み返しておりました。ありがとうございます。