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人が亡くなる事について…。

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介護の職場について早13年…。

こういう仕事ですので、
終末期や急変等で亡くなる方を
看取る事があります。

自分は、他の職員からすると、
看取ってきた回数は多いほうだと感じています。

今月に入って、夜勤中に
急変の方がお一人、終末期の方をお二人看取ってきました。まれにみる多さだと感じています。

自分としては、人が亡くなる事は悲しい事ですが、最期の時、家族でもない自分を選んで頂いたと感謝しています。

先日、亡くなった方を見送り、職員が出勤して来た際に「また◯◯君の夜勤の時?」と数人から言われ、とてもショックを受けてしまいました。

あたかも、自分が夜勤の時に、不幸な事が起きていると言われてるようで…。
人が亡くなる事って、そんなに悪い事でしょうか?

よろしければ、お聞かせ下さい。
宜しくお願いします。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

人は死にます

早かれ遅かれ死にます、例外は一切ありません
万物とは常に流転しているんです、人も動物も命あるものは命ある限り生き、そして亡くなります
建造物やら自然界のものもすべて常に移り変わっています、ただ一つとして永久に存在するものなんて無ければ一切の些細な変化も起こさない変わらないままのものはありません

どれだけ頑丈なシェルターであっても1分1秒劣化していきます、それがこの世の不変の真理です

佛教ではこのことを「諸行無常」といいます

ようしーさんは職業柄人の死に立ち会う場面は多いことかと思います、そして臨終のときが自分であった、自分を選んでいただいたことを嬉しく思う、非常に素晴らしいことだと思います。
ようしーさんは職場で誰よりもその場面を経験している。
だからこそ、あなただからこそ他の方とは違ってその意味をよく理解してらっしゃることかと思います。

他の方なら慌ててしまうときでもきっとある程度は落ち着いて行動して職務を全うされることと思います、誇ってください、自分だからここまで亡くなった利用者さんに対して真摯に向き合えるのだと

ショックを受けなくていい、悪いことのわけがない、大丈夫です。

私もたまにサービス付き高齢者向け住宅へふらっとお茶を飲みながらお話しするために伺うことがあります
巷では高齢者虐待などのニュースをよく目にするが・・・・やはり非常に皆さん真摯に介護してらっしゃいます、本当になんと素晴らしいか

それを友人に話すとたまに言われます、「死神やんけ」
答えます、「ちゃう、坊主や」
周りが何と言おうとようしーさんは立派な方だと思いますし気にする必要はありません、その自分を選んでくれてありがとうの気持ちを絶対に忘れないでいてくださいね

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THIS IS IT 死は死。 だからこそ。  

人が亡くなることは本当に本当のところは良いも悪いもありません。
亡くなってくれたほうが良かったと思われる場合だって、例外としてはあるのです。
人の死に善悪を想うのは、生きている人のみです。
だからこそ、その死に対する尊厳、敬意をきちんと持つべきであるのが人間の人間としての人間性、宗教心。
ある方は植物人間に近い状態で沢山のチューブにつながれて延命措置、家族たちは医療費も大変な金額、労力も大変な状態でした。
その方が亡くなった時、その家族は「良かった」とさえ思ったそうです。
人の生や死というものが道徳的な「良い悪い」という事が、介入できないケースもあることのたとえです。
仮に、一人っ子政策緩和で、人間だけがこの世に増え続けました。
人々は食べ物を奪い合い殺し合いをするようになりました。
生きててよかった。
戦争に行くことになった。良かったのか悪かったのか。
一つの食べ物を巡って相手が死んでくれてよかった。良かったのか悪かったのか。相手にも家族はあろうに。
このような良かったは果たして「良い」と言えましょうか?
人間の小さな頭で物事を考えると「良いや悪い」が生まれる。
生にしても良い悪いはない。
死にしても良い悪いという人間のラベルや値札がそこには無い姿があるのです。
そこを見極めてください。
価値や評価が生まれる前の「それ」としてあるのが物事の一側面でもあります。
だからこそ、だからこそ、生を軽んじて引けない、死を軽んじてはいけないのです。
亡くなったその方に哀悼の意を捧げると共に、あなたが人の死に立ち会う中で感じる憂いなきよう、今後仏道を歩まれて、ものの根本、本質を探究されることをお勧めいたします。
「THIS IS IT」全てはただ、それがそうあるだけ。
その通りにあるだけ。
それでいながら偉大なる死のさま GREATFUL DEADです。
あなたはその偉大なる死に立ち会われたGREATFULな 生 を歩んでおられるのです。
他人の言葉に屈することなく自らの生を完全燃焼してください。あなたの尊厳を軽んじる発言は人間性を欠いた発言だからです。

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丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の提唱 「菩提心をおこす」 菩提心をおこすということは、たとえ...

質問者からのお礼

誠にありがとうございます。
お言葉を頂き、だいぶ楽になった気がします。
今までの亡くなられた際、「今までお疲れ様でした。ゆっくり休んで下さいね」と御利用者様へ声をかけた事は間違いではなかったのかなと思います。
人間は生をうけながら、死に向かって歩んでいるといいますが、その臨終の際、自分を選んで頂いた事に誇りを持って、歩んで行きたいとおもいます。

「死について」問答一覧

死について考えてしまいます。

こんにちは。質問をさせていただくのは2回目です。29歳女性、看護師をしています。 今年の1月に祖父が亡くなりました。そして6月に私が入籍し、バタバタな上半期を過ごしてきました。 そして最近、亡くなった祖父母のことを思い出したり、今の夫が亡くなることを考えると涙が止まりません。 「死別という辛い体験をしたくない」「でも死はみんなに平等に訪れるもの」という2つで葛藤しています。 そんな私に夫は優しく寄り添ってくれて何も寂しくないはずなのですが、ふとした時に、悲しい感情が溢れ出てくるのです。 よく行く占いの先生に相談したところ「魂の質が高いのでしょう」「祖父の死と結婚が一気にきたから、結婚後に夫を失うことを恐れているのでは?」という見解でした。 それからは「涙が出るのは仕方ない」ただし、死は皆平等に訪れる仕方のないことであるため「死が訪れるまでは精一杯生きよう」という考えを持つようにしました。 (それでも涙は出てしまいますが…) お坊さんの方々はどのような考えをされるのか、また今の私にアドバイスをお願いしたくて相談させていただきました。 お忙しいとは思いますが、よろしくお願い致します。

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人生にステージはあるのか?

ガン告知から3年。先日、転移が悪化し完治はほぼ見込めず、病巣によって骨折もし、最近は死についてよく考えます。しかしピンときていないのか「死が怖い 死にたくない」というより「死後の世界はあるのか どう人生を閉まっていこうか」といったことが気になり、エンディングノートを書いたり、断捨離したりしてます。 先日、友人とコロナについてや、痛ましいと報道される有名人の人生の集結のニュースについての話になり、私も死についてや「一人で旅立っていくときのことを考える」ということを話すと「考えすぎは良くないよ」と言われました(励ましてくれたのかなと思います) 「私にとっては、この気持ちは日常で、あまり悲観的ではなく考えすぎっていう感じでもないんだよ」と伝えると、はいはい、という感じで流されました。ある友人は「それでも不遇な死はあると思う」と述べました。 理解されなかった気がして、些細な出来事ですがショックでした。 私は、死は死でしかなく、その死は不遇であるかどうか他人が言うものではないと思うのです。また、何かしてあげられればよかった、と必ず思うものですが、簡単に言うことでもないとおもうのです。私も他界した母に何もあげられませんでしたが、してあげられなかったと思いすぎるのも、亡くなった方に対して失礼なんじゃないかと。なら生きているうちにできたではずですし、まず亡くなった人がそれを望んでいたかもわからないし、他人が人にできることは限界があると思うからです。 病気になってから、どうも周囲とのズレを感じ、30代であんまりこんなことを考えている人も今までの交友関係だと少なくて、孤独を感じます。 そして「人生のステージが違うのだ」と思うようになってきました。 それは「私のほうが死に近いステージだからだ、きっと彼らもそうなったときにわかるだろう」というニュアンスもあります。 ふと「それはおごりではないか?」と思い質問させていただきました。 確かに病気や死は近づいた人じゃないとわからないものがあると思います。私が感じた寂しさや孤独を「人生のステージが違うから」と帰着させるのはおごりでしょうか?偉そうな立場からの勝手な帰着なのでしょうか? そして、死に不遇はあるのでしょうか? 人が人の死を不遇というのは失礼なことではないのでしょうか? 私が死について考えるのは「考えすぎ」なのでしょうか?

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死について考えすぎてしまいます

現在高校3年生です 受験を一通り終え人生の節目に立ったことと、時間がとても余っていて暇なこともあってか、ここ数日死について考えてしまいます。受験とコロナという状況も相まって自室という閉塞的な場所に長期間いて家族以外とあまり会えず精神状態が不安定なのかもしれません。 僕は今までとても幸せな生活を送ってきてこれまでの人生に後悔はありません。 だからこそ、いつか来る終わりが怖くて仕方ありません。 死については科学や宗教など色んな立場の人が色んな意見を出し合っていると思います。 今この世に生きている以上結局死後のことは何も分からないことも分かっています。 けれどあれこれ考えてしまいます。 もう大学生ですし結婚願望もあるので親と一緒に過ごせる時間やそして必ず来る親の死、自分の寿命が尽きた時の自我の消滅などを考えると怖くて仕方ありません。 僕としては自分が死んだら、親や兄弟、ペットとまた幸せに暮らしながら、自分の子孫などを見守り、時が来たらその子とも暮らしたりという、あの世での永遠を望んでいます。 これはとても都合のいい考えだと分かっていますが、こうでも考えないとおかしくなってしまいそうです。 もちろん死ぬまでは精一杯生きるつもりですが皆さんの考えを是非お聞かせ頂きたいです。

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亡くなった人の思いはあるのかないのか

今年四月に父が亡くなりました。 両親は私が五歳の頃に離婚をしました。 母に育ててもらいました。感謝しております。 私は今まで父の事をないものとして生きてきました。 帰ってこない、蒸発した父と教えられてきたので その通りだと思って生きてきました。しかし、本当は違いました。 父は母と離婚したのち、数年後に再婚しておりました。 そのことを親戚に聞きました。子供まで二人作っていたことも 知りました。正直ショックでした。そんな人だと思いませんでした。 それも父が死んでから親戚に電話口で聞かされました。 私は今まで二十年以上、何も知らずにのうのうと生きてきたのです。 馬鹿馬鹿しくなりました。そして情けなくもなりました。 自分に対しても、父に対してもです。 私は父のことが好きでした。今も好きです。 本当に好きでした。それなのに父は裏切った。 今も苦しいのです。私にはお父さんがいなかったのに その子たちには二十年以上、お父さんがいた。 一緒に生きてきた。一緒に生活をしてきた。 泣いたり、笑ったり、怒ったり、そんなこともあったのでしょう。 そんなふうに普通の家族としてその二人の子供はお父さんと一緒に いれたのです。しかし、私にはそれがなかった。 父は私のことを無いものとして生きてきました。 私のことを完全に無視しました。 しかし、私もまた同じでした。 私も父の事を無いものとして生きてきました。 そうしなければ、生きていけなかったからです。 封印して父の記憶消しました。父と私は似ています。 きっと父もそうだったのではないかと思います。 本当はつらかった。今も苦しいのです。 死んでから父のことが頭から離れません。 今まで生きている間は父のこと考えもしませんでした。 忘れているのではなかったのですが、封印したのです。 父に会いたいと思ったことも全くありませんでした。 しかし、父が死んでからそのことを聞かされてから 父に会いたくて会いたくて堪りません。 こんなに人を思う、こんなに誰かのことを思うのは、 私の人生の中で初めてです。自分がビックリしています。 毎日毎日父のことばかり考えています。 昔はあんなにどうでもよかったはずの人なのに。 もしかすると父も私のこと見ているのでしょうか。 父も私のこと思ってくれているのでしょうか。 私は何故だかそんな気がしています。

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死についてのさまざま

先日、祖父を亡くしました。半年前には祖母を亡くしました。 2人とも僕にとても尽くしてくれて、人間としても素晴らしい方々でした。 祖父の最後は僕のために洗ってくれたお風呂の中でした。少し発見が遅れてしまい、1人にさせてしまったことが今でも悔しいです。 祖父が使って、洗うために台所に置いてあった食器を供養の気持ちを込めて洗っていた時に、ふと、もうこの食器を使っている姿を見れないんだなと思う気持ちと、生前に食器を使っていた場面が鮮明に思い出されて、保っていた涙腺が崩壊してしまいました。 その後もただ、祖父母のいなくなった部屋を呆然と眺めているだけで、喪失感、自分と2人との部屋での日々を思い出し、涙が出ます。 祖父は祖母が亡くなったのとほぼ同時に進行したがんの発見や老いによる身体の不自由。さらに仕事という生きがいを無くし、僕たちに生活の迷惑をかけていると思っていることや祖母の死になにもできなかったと悔やむ姿。とても辛そうでした。 亡くなってしまったことはとても残念ですが、夫婦一緒に納骨できること、辛そうな祖父が解放されたような気がして、これでよかったのかもしれないと。こう思ってしまう、僕は間違っているでしょうか? そして、祖父母を亡くしたことで自分や家族、友人、大切な人が次にまた無事に会えるのか毎日怖くなってしまいました。 些細な不調なんかでも最悪のケースを常に先に考えてしまい、不安で無気力になってしまうこともあります。 寝てしまって、そのまま自分に何かあったら、それ以外の人もそのまま永眠してしまったらと自分が寝るのも家族などが寝るのを見るのも怖くて、あまり寝れません。 死とは突然で世界を一変させてしまうものだと祖父母に気付かされました。 誰かに聞いて欲しい。それだけを思って書いてしまった部分もありましたが、お許しください。 そして、どうかお言葉、知恵を与えてください。お願いします。

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