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若さに嫉妬

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有り難し有り難し 21

夕暮れ時、中学生カップルがいちゃついており、それを後ろからキャーキャー言ってる女子の集まりを見たことがあり
その光景が忘れられません、あぁ、青春してるんだなぁと思いながらも嫉妬しました。
私は彼らとは真逆の学生時代で彼らと私は何が違うんだろうと時々思うのです。

十代でしか純粋な恋愛は出来ないので22になった私にはもう一ッッッッッ生手に入らない経験、お金で買えない経験。
うらやましすぎる。

社会人で楽しいと言う人を見たことがないのです、年金はもらえず消費税は上がり、給料もないしでどうにもならない問題に直面するし。
この世は少ないものに価値があります、学校の制服を着られるのは人生80年のたった6年だけ、その時期に思いっきり生きてみたかった

でも俺の性格じゃ例え中学生時代に戻れてもなにも出来ないのは目に見えてる、何をどうすればいいのかわからない、どうすればどうにもならない
悩みに救われるのか、俺は人格形成に失敗したと思ってます、失敗作、いるんですこういう人間。
今も、現状に焦っていますがなにもしてません、生き残れる気がしません

波のようにたまに押し寄せて来る青春コンプレックスつらすぎる


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

人と比べた瞬間人は不幸になる

こんばんはー、質問は拝見させて頂きました日蓮宗の望月亮徳と申します。

年齢25と近いということもあり、未熟ながら答えさせて頂きます。

実をいうと、僕も青春らしい青春を送ったことがありません。

というのは、僕はとても内気な性格で、人と違うことをすることにとても恐怖を覚えていました。

だから、学生時代はなるべく目立たないように 面白くなくても笑って、

楽しくなくても笑って 周りに合わせていました。

こそこそ話がされているといつも気になって、自分のことを話しているのではないか と怯えてましたし、

やりたくもないことも周囲の目がきになって嫌といえず、やらされたりもしました。

生きているのに、全然生きている心地がしませんでした。まるで生きてる死体のような そんな感じでした。

僕のそんな人生を変えてくれたのは、あるアーティストの歌詞でした。

何気なく聞いていた「未完成交響曲」という曲で

「未完成なんだ僕ら」という冒頭に衝撃的を受けました。

そっか完璧じゃなくて、当たり前なのだ と

そして、中でも「100点じゃないこの僕に100点つけれるのは他でもない僕自身だ」

という歌詞です。これを聞いたとき、

あっ僕は僕で 他人と比べる必要なんてこれっぽっちもないんだなということに気づかされました。

仏教では、欲は際限のないものと説かれており、人はその欲によって操られております。

「私はこんなに儲けてやったぞ」

「私は何でこんなに稼げないんだろう」

「私は何をしてもできるな」

「私は何をやってもできないダメ人間だ」

人は得るものが多ければ多いほど驕り、少なければ少ないほど卑屈になります。

しかし、重要なのは、これらで共通していることが 常に「誰かと比べている」ということです。

こういった人は決して満足することはありません。

だから、まず 茄子さんは 茄子さんことを認めてあげて下さい。

茄子さんは茄子さんのままでいいんです。

そこから全て始まると思います。

そして、次に1日1個自分が今日できたことを手帳に書き出して 記録してみてください。

ここでポイントがどんなに些細なことでもいいというところです。ここを必ず守って下さい。

すこしでもお役に立てれば幸いです。

ありがとう。

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有り難し
おきもち

こんにちは。望月亮徳と申します。 宗派は日蓮宗です。なぜハスノハを...
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質問者からのお礼

ありがとうございました。
こんな性格悪い自分を受け入れる日が来るのでしょうか、30近くになったら死のうと思っていましたが 
その時が来るまで生きるのもありかもしれません。

「嫉妬・人の幸せを喜べない・不幸に喜ぶ」問答一覧

彼氏がいる友達に嫉妬してしまう

初めて相談させていただきます。 現在、大学2年生ですが友人関係で悩みがあります。 その友人は精神的な疾患を持っており、最近は悲観的になりやすく、一緒にいて楽しさを感じられない状態にあります。 また、彼女は講義中に寝てしまいやすく、その度に私がレジュメを見せることにも疲れが生じてきています。 さらにサボり癖もあり、出席コードを送って欲しいという連絡も多々あります。 この面で既に違和感はあったのですが、数ヶ月前に彼氏が出来て以来Instagramのストーリーで匂わせをしたり、私と待ち合わせの約束をしていたのに彼氏も連れてきたりと息苦しさを感じる行動が増えてきました。 私は元々人と比べやすく、特に年齢的にも彼氏の有無を強く気にしてしまいます。 以前焦りからマッチングアプリを入れ、そこで出会った方とお付き合いをしましたが、数回会っただけでは好きになりきれず、数ヶ月でお別れをしてしまいました。 長くなってしまいましたが、疾患を持ちながらも学生生活を楽しんでいる彼女の余裕と、アルバイトに明け暮れ、毎日が過ぎていく自分との生活の差がとても苦しいです。 彼女の幸せを喜べない自分の余裕の無さにも嫌気が差します。 彼氏の有無で悩まない捉え方や、気持ちの整理の仕方を教えていただけますと幸いです。

有り難し有り難し 2
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人の幸せを憎らしく感じてしまいます

人の幸せを祝えないどころか、憎らしく思ってしまうことが度々あって自分のことが嫌になります。 先日、高校時代の友人が結婚することになったと人伝てに聞きました(今は直接の関わりはありません)。 その子は高校時代から成績優秀で、一流大学卒業後2年ほど経ち、近々海外で働く見込みとなったとのこと。昔はよく自慢話をされていましたが、当時の私は「自慢話をされるのは少ししんどいけど、でもあれだけ勉強できたらそうなるか」くらいに思っていました。 今思えばあの頃の私の方が性格は良かったんだと思います。 加えて、当時の私は恋愛や結婚に憧れもなく、誰かがそれを叶えていても他人事だと思っていたので、人の恋愛自慢も特に苦ではなかったように思います。 一方、私は大学受験に全落ちし、一年浪人している上に在学期間も長いので、未だ学生をしています。中堅大学で、ここしばらく彼氏もおらず、勉強と就活に追われてばかり。 自分の生活に余裕がなくなったことや将来のこと(結婚や就職など)を意識し始めたことなどが原因なのか、気づいたときにはもう人の幸せを祝えなくなっていました。 街中のカップルを見ても、勉学で優秀な人を見ても、自分がないものを手にしている人全てが憎らしくてたまらないのです。 私には、中学時代からずっと仲良くしている友人がいます。その子には長年彼氏がおり、その彼の話を聞くたびに、上辺では楽しげに聞いているけれども本当は内心嫉妬に満ち満ちています。 そのうち、その子も結婚することになるかもしれません。 いつかそのときが来たら、そのときにはどうか、その子の結婚は心から祝福したいのです。 ですが、今の私にはきっとそれができそうにありません。 どうすれば人の幸せを心から祝福できるようになるのでしょうか。 ネットで調べても、「人と比べても無意味だ」とか「嫉妬している自分を受け入れましょう」とばかり出てきますが、実際、それができなくて余計に苦しんでいます。 こんな醜い感情を持った私に、なにかアドバイスをくださいませんか。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ