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嫉妬がなくなりません

回答数回答 3
有り難し有り難し 16

自分が目立ちたいという思いが消えず困っています。大きなステージに立って活躍している人、インターネットで自分を出して活躍している人、大勢の人に必要とされている人を見るととても羨ましくなります。その方達は努力をしているし、何も行動もしない自分がそんな風になれないと分かっています。私には不特定多数の人達の前にでる勇気も度胸もありません。しかしその様に活躍している人達を見ていると自分もそうなりたかったと嫉妬してしまいます。
そろそろ就職を考える時期にはいるので、その様な気持ちとは折り合いをつけて自分の人生に向き合わないといけないと頭では分かっているつもりでもこの醜い嫉妬が無くならずこのまま普通に働き始めるともう自分は何者にもなれないのだろうと思ってしまい進めません。自分より年下の方達がどんどん表舞台に立ち活躍しているのを見ると自分もあの時行動すれば良かったと後悔ばかりしてしまいます。
好きだったアーティストや活動している方もその輝きに嫉妬してしまい見辛くなってしまいました。
嫉妬する度に、そんな自分がすごく汚く見えて、これまでの人生は全て自業自得なのに辛くなります。
表舞台に立つ人以外でも身近にいる特別な人にはなれる、目立つことだけが特別じゃないと周囲の人に励ましてもらいましたが、納得しようとしてもそれでも大きな場所で輝いている人を見るとあの場所に立ちたいという思いは消えず、自分の気持ちを抑えられません。大好きだと思っていた人達のライブやフェスに参加した後、あまりにも自分と違う活躍する姿に苦しくなり泣いてしまいました。以前はその人達の姿に確かに元気や勇気をもらっていた筈なのに、今では嫉妬で苦しくなり見れません。
どうにかこの汚い気持ちと折り合いをつけるヒントを頂けませんでしょうか。

2026年1月30日 1:30
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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

主体的に生きるならば、必ずその姿は真実の輝きを放ちます。

「嫉妬」は仏教において、誰もが逃れられない最も根深い煩悩の一つです。しかし、嫉妬してしまうご自身を「汚い」と責めないでください。親鸞聖人もまた、ご自身の内にあるどうしようもない煩悩や愛欲の深さを生涯見つめ続け、「煩悩具足の凡夫(ぼんぶ)」と嘆かれました。その苦しみは、あなたが人間として懸命に生きている証なのです。

あなたが輝く人を見て苦しくなるのは、あなたの中に「私もあのように生きたい」「自分の命を輝かせたい」という強いエネルギーがあるからです。その情熱が今は行き場を失い、「嫉妬」という炎となって自分を焼いているのでしょう。 華やかな表舞台だけが「輝く場所」ではありません。仏教には「随処作主(ずいしょさしゅ)」という言葉があります。どのような場所にいても、そこを自分の居場所と定め、主体的に生きるならば、その姿は真実の輝きを放つという意味です。

就職は「何者かになること」の諦めではなく、あなたがあなた自身の人生の「主人公」として歩み出すための第一歩です。「悔しい」と感じるそのエネルギーを、他人との比較ではなく、これからの自分の生活を丁寧に積み上げる力に変えてみてください。誰かに照らされるのを待つのではなく、あなた自身が足元を照らす光となることを願っております。


縁起寺 釋聴法

2026年1月30日 6:52
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有り難し
おきもち

真宗木辺派 縁起寺 衆徒 (僧侶/教師) 高等学校教師歴38年,理系,専門は電気工学・情報工学, 現在は真宗木辺派僧侶
お悩みの相談は全般的に対応します。(下記を参照して下さい) 相談時間は、月・木・金・土・日曜日は、8:00~20:00です。 火曜日と水曜日は18:00~20:00での対応となります。 翌日以降で、他の法務等がなければ、できるだけ迅速に対応させていただきます。 元高等学校教員ですので、将来の進路や転職に関する相談などにも対応いたします。 現在も非常勤講師を行っているため、少々対応にお時間をいただく場合もありますが、できるだけ早く対応できるように調整いたします。 ◆職場や学校での人間関係がうまくいかない ◆ストレスや不安で日々の生活に支障がある ◆無気力で、人生の目標を見出せない ◆卒業後の進路を決める事ができない ◆別れた交際相手の事を忘れる事ができない ◆家庭不和で毎日の生活が辛い ◆家族や大切な人を亡くして心の整理がつかない ◆何事も悪い方向に捉えてしまい、自己嫌悪に陥っている ◆ついつい他人に辛くあたってしまい、後悔を繰り返す ◆毎日充実した日々を送れるように、仏教の勉強がしたい など、上記はこれまでの相談の例(ハスノハ以外を含む)です。

嫉妬と共存

心は無常です。
法然上人は、一人の人間の一日のうちには8億4千の念があると言われました。
1日24時間をアニメ動画に喩えるなら、8億4千コマの画像がある。
実際、思考や感情が嫉妬に支配されている時間や回数は、一日のうちのどれくらいでしょうか?
嫉妬に関する妄想雑念が日常生活に割り込んでくることや、その他の妄想雑念が割り込んでくることはあっても良いのです。
映画が終わればスクリーンはただの白い布に帰る。
嫉妬が過ぎ去れば、心も落ち着きや集中力を取り戻す。
嫉妬による妄想雑念は数秒間で過ぎ去るはずなのです。
嫉妬の妄想雑念を追いかけず、できるだけ短い秒数で手放すようにしましょう。
そうやって、嫉妬と共存できるのです。
シンプルに、嫉妬があってもとりあえず就活する、あとで転職したってよいのだから、今は今やるべきことに集中を。

2026年1月30日 8:00
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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための教えです。まだまだ未熟者の凡夫ですがよろしくお願いします。

行動しないままの自分はどうするの?

 こんにちは。すでに回答もある中ですが、そして問いに対して真正面な答えではないですが…その上、厳しく感じられるかな、という要素もあります。
 なので、ご自身が落ち着いている時に読んでくださいますよう、お願いします。

 嫉妬する自分が嫌だ、それは辞めたい。その願いはよく分かりました。
 嫉妬のメカニズムというか状況もご存じ。他人と自分を比較して、相手を羨ましく思う。「なりたい姿になっていない自分を見つけて、その差が嫌になる」という事ですね。
 あなたが「そんな自分は嫌」と思ってはいても、嫉妬する姿は、一面「あなたの本音」であることに変わりはない。ではなぜ、あなたの本音に従わないで、「この気持ち(だけ)を何とかやり過ごそう」とするのですか?

 同じ夢を持った方でも、何歩か歩いてみた人は、その道の険しさを知ります。その経験は、「これは私が進むべき道」あるいは「私には険し過ぎ」を教えてくれるでしょう。「身をもって知った」。そうであれば、ガムシャラになれるかもしれないし、反対に諦めもつくというものです。

 つまり、「憧れているけれど、何もやらない」という構造からあなたの苦しみは来ているのに、その原因を変えずに症状だけ変えようとしている、のではありませんか?
 なので、「汚い気持ちに折り合いを」というのは、「自分の本心に向き合わないで」と、私には見えるのです。嫉妬の中心には憧れがある。「好きだな、いいな」という思いもある。そちらまで「汚いから忘れよ」と折り合ってしまうことは、とても勿体無いと思うのですよ。
 後悔して立ち上がる人もいます。後悔してそれを紛らわそうとする人もいます。願わくば、前者を目指してほしいと思うのです、私は。

2026年1月30日 14:46
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有り難し
おきもち

一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊さんに限らず、二足のわらじを履くことで、話に幅が出るはずだと考えて、はき続けています。子育てとか家族論とか考えつつ、でも仏教って個人のものだなぁと感じたりします。

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