いつかまた
先月、育ての親である祖母が亡くなりました。いまだに祖母の死を受け入れられません。
よく、自分が死んだときに迎えにきてくれる、また会えると聞きますが、
亡くなってもまた会えるときが来るのでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
どうしますか。泣いたままの人生にしますか。仏縁を大切に。
そうですか。。。お寂しくなりますね。
育ての、あなたに大きな影響を与えて下さったのでしょうね。大切な人ね。
この世で生き続けるということは、大切な縁ある人とも別れていかないとならない ということですね。こんな想いを何度繰り返すのでしょうね。だから、生きるというのも、また苦しみですね。
そんな人間のどうにもならない気持ちを知り尽くした上で、だからこそ救ってやりたいと、仏様は願ってはたらいてくださっていますよ。
そして、念仏申せよ、私の浄土へうまれておいでよと、喚んでくださっています。
その仏様の救いに出遇えば、あなたはどうしますか。
私はね、たくさんの方を見送ってきましたよ。こんな辛いことがあるのかと思うほどに。多くの涙を見てきました。
そんな どうにもならん気持ちの私の人生を、必ず救うぞとの誓いを立ててくださった 阿弥陀仏に見守られ、願われての命であったと、お念仏するたびに、こうして気づかせてもらっています。この命、この人生、阿弥陀さまにおまかせで、日々を過ごしたいと思っています。
だからこそ、今も こうして踏ん張って立てています。
いつの日か、必ずお浄土であえるのだから。
私もこの世の縁が尽きたら、お浄土へうまれていけるのだからね。
こんな大きな安心はありません。
毎日、南無阿弥陀仏とお念仏申す日暮しです。
あなたはどうしますか。
泣いたままの人生にしますか。
おばあさまが、結んでくださった仏縁を大切にね。
私も、あなたのおばあさまを想い、手を合わせます。
いつの日か、必ずまた、浄土でお遇いしましょう と。
あなたの心の中に、これからも一緒にいてくださいますよ。
質問者からのお礼
中田三恵さま
暖かいお言葉をありがとうございます。私のこころの中にいてくれるのですね、大変ありがたいことです。いつの日か必ず浄土で遇いたい、そう願いながら、涙は祖母は望まないと思うので、笑顔で生き抜こうと思います。生を生き尽くしたならば、迎えに来てくれると願いながら笑顔で生きていきます。有難いお言葉をありがとうございました。