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5歳の子供の死

回答数回答 1
有り難し有り難し 31

数カ月前に5歳の息子が亡くなりました。生まれた時から病気があり、呼吸器をつけて寝たきりでした。突然だったので半分はまだ実感がありません。
下に2人子供がおり、忙しさを理由に息子だけに目をかけてやれなかった事やもっと色々してあげる事ができたんじゃないかと後悔ばかりです。
今は手を合わせる事しかできないのが悲しいです。何か他にできる事はあるんでしょうか❓何をしたら喜んでくれるんでしょうか❓いつも手を合わせる時にこれだけでいいのかなと思います。

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ずっと、手を合わせ続けるって実は難しいです。

ほんとうに難しいのは、特別なことをすることではなく、
誰もができることを誠実にひたむきに永く続けること。

忙しさにかまけて忘れていたり、
簡単だからといって後回しになっていたり。
日々の暮らしの中では見過ごされがちだけど、習慣として無意識に人生に影響し続ける。

これだけという物足りなさとは違う視点もあります。

忘れないって、
実は難しいことだと僕は思います。

+++
こんなつたない文章にお返事いただいてありがとうございます。
私もロココさんと子どもさんのこと想いながら手を合わせます。

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有り難し
おきもち

僧侶として長い時間を過ごしてきましたが、 四十年以上経った今でも、言葉や文字にできない思いはあります。 どんなに経験を重ねても、 世の中で起きる出来事や、自分の中に生まれる感情のすべてを きれいに整理して表現できるものではないと思っています。 だから、うまく書けなくても安心してください。 ここでは、無理に言葉を整えることよりも、 いったん息を整えて、静かに耳を澄ますことを大切にしています。 まとまりのない文章でも、途中で止まってしまっても構いません。 言葉になる前の思いが、そのまま置かれてもいい場所でありたいと考えています。
特別な準備や、上手に話すことは必要ありません。 このオンライン相談の時間は、あなたのために差し出された時間です。 話すことだけが人生の目的ではありません。 言葉が浮かばないときは、 ただ呼吸に耳を澄ませる時間として過ごしていただいても構いません。 日常の中で受けている外からの抑圧やストレスから、 ひととき身を離れるための「避難の時間」として この場を使っていただくこともできます。 僧侶である私は、何かを答える人というより、 あなたがこの時間を安心して過ごせるよう、 静かに同席する存在でありたいと考えています。 話がまとまらなくても、途中で止まっても大丈夫です。 この時間が、あなたのペースを取り戻すきっかけになれば幸いです。 なんまんだぶつ。

質問者からのお礼

お忙しい中、回答して頂いてありがとうございます。
そうですね。忘れない事って簡単のようで実は難しいですよね。忘れない事っていうのが子供にとって嬉しい事なのかもしれません。
少し心のモヤモヤが楽になったような気がします。ありがとうございます。

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