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母の魂はどこにいるのでしょうか。

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こんにちは。

私は、56歳の主婦です。

6月4日に亡くなった母の魂がどこにいるのかというご相談になります。

母は、6年間、肺癌と間質性肺炎で闘病し、在宅で亡くなりました。

存命中も、入院することなく、時には笑い、時には喧嘩をしたりしながら、私と2人、在宅で過ごしておりました。

本当に、密度の濃い6年間でした。

父は、既に老人ホームに入居をしているため、今後は鎌倉に住む長男である弟が仏壇を守ってくれることになっています。

母が眠るお墓は、富士霊園です。

7月20日の納骨を終えると、今まで直ぐそばにいた母が遠くに行ってしまいます。

6年間の介護は決して楽しいことばかりではありませんでしたが、ずっと一緒にいた母が、遠い場所に行ってしまうことが寂しくてなりません。

鎌倉も富士霊園も、私にとって、簡単に行ける場所ではなく、今後私はどこに手を合わせれば良いのかわかりません。

葬儀社の方から、母の魂は、位牌の中にあると聞きました。

では、お仏壇の前に行かなければ、母と話をすることは出来ないのでしょうか?

私は、毎日、毎朝、毎晩、いつでも母を感じ、お線香を上げ、手を合わせ、今までと変わることなく、今日の出来事や自分が思っていることを伝え続けていきたいのです。

お坊様、
母の魂はどこにいるのでしょうか?

お仏壇もなく、お墓にも行けない私は、どのような方法で母を想い、手を合わせれば良いのでしょうか?

ご回答をよろしくお願い致します。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

生きた証が魂そのもの。

はじめまして。浩文(こうぶん)と申します。

ご投稿読ませていただきました。
お母さまの、法助あらんことを謹んでお祈り申し上げます。

すぐそばにいらしていたのに遠くに行ってしまうと
綴る文を見て、せつなく思いました。

本当に遠くに行ってしまうのでしょうか?

むしろ一緒に過ごしていた6年間と
同じか、それ以上に
今なおお母さまを近くに感じていらっしゃるのではありませんか?

『本当に、密度の濃い6年間でした。』
在宅で亡くなられたとおっしゃっていましたね。
密度の濃い、その時間と空間を一緒に過ごされたのなら。

お母さまは今もなお『在宅中』だと、私は思います。
遠くになんか行っていません。

お母さまが、使っていた物や服だけでなく
お母さまの優しい言葉や何気ない仕草。
それらひとつひとつがたくさん
ご自宅に残っているのではありませんか。
また真奈美さんご自身に遺されたのではないでしょうか。

お母さまの面影が、たくさん残ってらっしゃるはずです。
「ここにも、そこにもある」と、気づけたならば。

そこにお母さまの魂が宿っていると思います。

すなわち「生きた証が魂そのもの」ですから。

お位牌やお墓は、遺された方々ひとりひとりの中にいらっしゃるお母さまの魂が、ひとつに合わさってできたものです。
また皆ともに安らかに過ごせるように、仏さまとして成就されることを願うものです。

合わされば合わさるほど
皆様の中に、お母さまが生き続ける力が強くなるものと信じています。

どうか
日ごろお母さまが大切にしていた物、思い出など、たくさんあるもののうちから
何かひとつ、選んでいただいてお線香をあげ、お手を合わせていただきたいです。

お写真でもいいと思います。

私は例えば故人が大切にしていた未開封のウイスキーのボトルを飾っていたりしています。
そういったものでも、その人を感じることができる。
私はそれが何よりうれしいのです。
錯覚なんかじゃありません。なぜなら間違いなく生きていた証そのものですから。
『今までと変わることなく、今日の出来事や自分が思っていることを伝え続けていきたいのです。』
及ばずながら、私もそう思います。
「こんなふうに過ごしているんだ。あしたもよろしく」と、声をかけつづけているのです。

                      南無釈迦牟尼仏 合掌

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有り難し
おきもち

吉井浩文
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質問者からのお礼

浩文様。

ご回答をありがとうございました。

私は、母を亡くしてから、一度も泣くことが出来ませんでした。それは、母が息を引き取る間際に「私は大丈夫。安心して。ずっと笑顔で生きていくよ」と約束をしたからです。

けれど、今日は母との約束を破りました。ご回答を読ませて頂き、在りし日の母の姿を思い出し、涙が止まりませんでした。

浩文様が仰ってくださるように、今、私は、どこにいても母を身近に感じることが出来ます。

姿は見えなくなってしまったけれど、ふとした瞬間に、母の存在を感じます。

お墓参りになかなか行くことが出来なくても、お仏壇や御位牌が近くになくても、母の思い出の品と、写真、大好きだった向日葵を飾り、毎日手を合わせ、母との会話を楽しみたいと思います。

そして、母の教えと、沢山の愛情を噛みしめ、残された父を大切に毎日を過ごしていきます。

浩文様、本当にありがとうございました。

これで安心して、納骨を済ませることが出来ます。

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