臆病
私は子供の頃から、他人から自分のキャパシティや能力以上の期待や内容の難しい案件を受けがちでした。公私共にそのようなことが起こります。
案の定受けた期待も役目もこなせず、自己嫌悪が積み重なり、
すっかり臆病になり、社会的に自分は何の価値もないと思い込むようになり、現在はかなり閉塞的に生きています
自発的に行動を起こすのが極端に苦手なので現状の何かを大きく変えられるとは思いませんが、
せめて自分自身を否定する考え方をただすには、どのような心構えで日常を過ごせば良いのか、アドバイス頂けたらと思います
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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ことばが行動をかえます
どうして自分の能力以上のものを期待されるとお感じになるのか分かりませんが、そんなふうにお感じになりながら生きておいでになった、ということですね。
実は、皆ではないけど、多くの人が同じことに悩んでおいでだと思います。こんなことは難しくて私にはできないなぁ、と内心、感じていることを引き受けざるを得ず、引き受けて、やっぱりいできませんでした、というのはよくある話なんです。
そこで、世渡りを身につけて上手にパスする、というのは有効なやり方でしょう。また、難題と思えることを自分が成長するたチャンスと捉えて、チャレンジするというふうに考え方を変えるというやり方もあるでしょう。実際には、これら両方を使い分けるのがもっともよい選択であるはずです。
できないと思ったら、はっきり断るのは自他を救うよい手立てだといえます。でも、どうしても引き受けなきゃならないなら、他者の手を借りたり協力を求めたりしながら、はらを決めてやっていく、これを使い分けなきゃ、辛いですよ。
で、件名に示したように、同じことばを、たとえは悪いけど、お念仏のように、またはお題目を唱えるように、繰り返して話し、口癖にするのがよいとされます。
私は時間があるとき、「有難うございます、お陰さまで、感謝してます」を反復しています。あなたの場合でしたら、周囲の人に期待されて仕事を頼まれ、引き受けたあとでしたら、機会を与えてくれ、多くの人の協力に支支えられているのですから、「有り難うございます、~~」ってことになります。必勝とか、為せば成る、みたいなのより、有難うございます、などの方がよいとされます。
ことばが変われば、自然と考え方が変わり、それが態度や行動に現れます。ちょっとずつですが生き方が変わっていきます。私もまだまだですが、お勧めできると思いますよ。
質問者からのお礼
ご回答ありがとうございました。
タイトルにも記しましたが臆病ゆえに誰かを頼ることが極端に苦手なため、パンクする事が常だったのですが、
藤岡様が仰った通り、出来ないことは出来ない。誰かに助けを求められるものはパスする等の措置をこうじないと、かえって、相手や現場にとっても迷惑になりかねない場合は、多々ありますよね...
御察しの通りとても世渡り下手で、現状無理が祟って心の病にかかっているので、難題に対して「有難うございます」「チャンスと捉える」...程の心の余裕は、今のところは持てませんが、
任されたことや期待を受けたことに、まず感謝できるようになると言う考え方は、とても素敵だなあと思えました!
ささやかながらその部分から始めてみようと思います。有難うございました