お坊さんへの相談が殺到しており、質問受付数を制限中です。

回答が追いついておりません。今を生きる人のために仏教の智慧を伝えてくれる僧侶の方を募集中です。

夫の死

主人が半年前、末期の癌と診断され亡くなりました。私は、末期の癌でも長く生きられる人もたくさんいるから大丈夫だと思っていました。亡くなる一カ月前ぐらいに体の痛みがひどくなり入院する事になりました。痛み止めの点滴ですぐ良くなり退院できるからと思い、お金も必要だから仕事に専念していました。亡くなる1週間前から主人からよく仕事中にもうあぶないから病院に来てほしいと何度か電話がありましたが、私は大丈夫だってと言いそのまま仕事をしていました。亡くなる2日前に主治医の先生から話しがあると言われ、そこで後1週間しか生きられないと告げられ涙が止まりませんでした。主人は、電話を何度かしてきたってことはずいぶん前から分かってたんだなぁと思いました。主治医から聞かされときには、もう主人は意識からもうろうとしてたので私の事が分からなくなっていました。仕事休んででも一緒にいてあげれば良かったのに2週間たった今でも後悔ばかりしています。どうしたらいいんだろう。

心構え・生きる智慧
有り難し 14
回答 1

質問投稿日: 2019年8月10日 0:38

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

終末期だけが夫婦の関りなのではありません

終末期のある数日だけを切り取って、そのごく短期間のうちにじゅうぶん関われなかったから悔いが残るというのは分からないではないけど、違うと思います。もっと長い年月の中でどれだけ大切に関わっておいでになったかが重要ではないでしょうか。だいたい不完全な存在である人間に完全な看取りなどできるわけがありません。みんな悔いに残る何かを抱えて大切な人を見送っています。

実は、私も前住職の終末期にたいへんな痛恨事があるんです。前住職は胃がんで全摘しましたが、すでに全身に転移していました。術後、しばらくは抗がん剤が効いていましたが誤嚥するようになり飲食が不可能になりました。通常の点滴だけで命をつないでいましたが、それでは限界があります。「8月のはじめには……」と主治医が私に言いました。私は中心静脈栄養(IVH)なら水分も栄養もじゅうぶんにはいると主張し、その通りにしてもらいました。が、主治医は「辛い時期が長くなるだけかもしれませんよ」と忠告しました。結果として3カ月くらい延命できました。しかし、主治医の予測通り、延命できた分だけ辛い思いをさせてしまったといえます。そのためにずっと苦しんでいます。もう二十年近く経ったのでこうして文章化できるようになりましたが、10年くらいは言葉にできないでいました。

延命できたことが苦しむ期間を延長させるというジレンマを生みました。が、普通の点滴だけで8月に死なしていたら、やっぱり深く自分を責めていたでしょう。確実に延命できる方法があるのにそれを選択しなかったわけですから。いまもどちらの選択がよかったのか分かりません。

あなたはご主人がもっと長く生きておいでになるだろう、だったら、いまは仕事をすべきだとお思いになったのでしょう。それはその時点では間違った決定だとは思えません。それはそれで筋の通ったやり方です。結果としてはそれとは違うことになったのですが、人間は先を見通す力を持っていないのでそれは仕方ありません。誰のせいでもないです。

先にも申した通り、終末期の看取りにおいて後悔していない人はいないと思います。ご主人はその時は確かに寂しかったかもしれないけど、これまでのお二人の夫婦としての生活が充実した者であったなら、それに勝る関りはないと思います。とてもよいご夫婦でいらしたものと思います。

ご主人との思い出を大切にしてください。

1ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

有難いお言葉ありがとうございます。

関連する問答
このページの先頭へ