心の傷は自分で癒さなければならない?
こんにちは。
先日、初めて悩みを書かせていただき、思考が整理でき少し心が軽くなりました。そこで、新たに疑問が沸いたので、再びお世話になりたく存じます。
小さい頃から嫌な事を溜め込む(そしてひょんな事から爆発する…)性格のようで、自分が我慢すればいい、あるいはこんな事で怒ったり悲しんだりしたらダメだ、と言い聞かせてたように思います。…曖昧な語尾なのは、最近ようやくその事に自覚的になったからです。
数年前から内向的な性格を変えようと自己啓発本やメンタル本を読見始めました。そのうちに、過去の出来事について「あれは怒って良い事だったんだ」「あんな辛い思いしなくてもよかったんだ」と、当時の本当の感情を肯定できるようになってきました。
しかし、それと同時に「あの場で毅然とした態度をしていれば…」「あの人の一言のせいで私はこんなに悩んできたんだ」など、過ぎたはずの事に後悔や怒りを覚えるようになってしまいました。
特に、幼少期のいじめ、およびその時の教師や親の対応についての怒りが強いと感じます。
無かった事にできるならしたい。いじめを受ける前の、社交的であらゆる人に感謝ができる私に戻りたい。
そして、出来ることならいじめをした人達に、私にしたことへの罰が下ってほしい。…そんな事まで考えてしまいます。
もちろん過去の出来事は無かった事には出来ませんし、今からいじめ加害者に謝罪してもらおう・賠償してもらおうというのも現実的ではありません。
過去とは折り合いをつけて未来は私が作っていくしかないというのも、理屈ではよく分かっているつもりです。
しかし、悔しくて仕方がありません。
私は誰も傷付けたことないというつもりはありません。しかしいじめや陰口、セクハラなど、あんなことする必要無かったはず!と言いたくなるような事をしておいて、私が1人苦しんでいた時間ものうのうと生きていたかと思うと…
私はもう大人で、自分の機嫌は自分で取れと言われてしまいます。
でも、他者によって人間不信になる程傷付いたのに、その傷は1人で癒さなきゃいけないの?と悔しく思ってしまいます。
こんな私は、どう生きていけばよいのでしょうか?自分1人で、明るい私に戻る事はできるのでしょうか?
そして私を傷付けた人達に罰が下ってほしいと思う私はいけないでしょうか。
よろしくお願いいたします。
お坊さんからの回答 2件
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辛い出来事をバネに…
浄土真宗の慈陽院の平本と申します。
まず、自分の気持に向き合い自覚ができるということは、素晴らしいことですね。
なかなか自分自身と向き合うことは、難しいことだと思います。
しかし自分自身と向き合うことで過去の嫌な事とも向き合わなければいけなくなってしまったと思いますが、大変気持ちがよくわかります。
私は、学生時代から社会人までいじめに遭い散々な経験をしてきました。
出家をする前の私は、ネガティブな気持ちでいっぱいで、本当に罰が下ってほしいと思っていました。
しかし、ある本にお釈迦様の言葉が載っていました。
「怨みは怨みによって鎮まらない。怨みを忘れて、はじめて怨みは鎮まる」という言葉に出会ったことで気持ちの変化が起こりました。
そして嫌な思い出を払拭するには、どうしたらいいか
色々と実践して自分自身の中である答えに到達しました。
まず嫌な出来事は、一切考えない方がいい。頭の中で嫌な思い出に支配をされていることは、それこそ嫌な人たちの思うつぼになってしまいます。
なのでまずは、考えない練習として呼吸や五感に意識を向けて、できるだけ無心にして心を落ち着かせる時間をつくりました。
そういう時間をつくっていくと、だんだん辛い出来事を客観的にみれるようになっていきました。
そしてあるときから辛い出来事から学ぶことができるようになり、辛い出来事が学びの教材となっていきました。
しかしたまに強烈に嫌なことを思い出すことがありますが、心を落ち着かせて怒りにとらわれないよう心がけています。
さて、自分語りになってしまいましたが、少しでも参考になれば幸いです。
また嫌なことをする人は、もう罰は下っていると思います。
そういう人の心は、荒んで氷のように冷たくなっています。外見では、幸せそうにみえるかもしれませんが、心の中が幸せであるはずがありません。
心が幸せな人は、人の痛みがわかり、暖かく辛いことも受け入れる寛容で優しい人です。
言うは易く行うは難しいと言うように受け入れることは、難しいことだと思いますが辛い出来事をバネにして嫌な人達とは、次元の違う生き方ができればいいのではないでしょうか。
癒されます様にと祈っています
拝読させて頂きました。
人から謂れ無いいじめや嫌がらせや差別を受けて深く傷つくことは本当に辛いことと思います。あなたがそのような辛い思いをなさってそう思ってしまうのも無理からぬことと思います。
あなたがそのように深く傷ついてしまわれたことは本当に辛いことですよね。あなたのお気持ちを心よりお察し申し上げます。
あなたはこれから様々な方々の中で癒され守られて生きていくのです。あなたのことをしっかりと見守っていらっしゃる方々は沢山いるのです。同時に人を傷つけるような愚かな行いをする者はしっかりと見られているのです。人を傷つけるような悪意や悪業をする者には必ずその報いが訪れます。
そのような愚かな者からはしっかりと距離を置いてあなたのことを大切にして下さる方々やあなたが大切に付き合っていきたい方々とこれから交流を深めていって下さいね。
あなたが受けた様々なことも決して無駄なことではありません。あなた自身が教訓として整理して向き合うことができる日が必ず参ります。
そしてあなたは必ず素晴らしい出会いに恵まれてこれから信心共に癒されて回復なさっていくことができるのです。そしてこれからもずっと豊かに成長し続けることができるのです。
あなたは既にこの場所でも私達とつながっていらっしゃいます。
あなたがこれからの未来を信心ともに癒されていかれ大切な方々と一緒にお健やかに心身ともに成長なさっていかれます様にと心よりお祈りさせて頂きます。
そしてあなたを心より応援させて頂きますね。
どうかゆっくりと心も体も休めて癒して下さいね。あなたには素晴らしい豊かな未来が待っているのですからね。