楽しく生きるとは
人によって「楽しく生きる」の捉え方って、沢山あると思います。
とある同級生の男子は毎日笑いが耐えず、毎日楽しく生きてんな。と思って見ています。
では、私はどうなのだろう。
何か楽しいことあるか?今を楽しんでいるのか?
早く学校終わらないかな。
楽しいくするのは自分自身。
と言いますが。
楽しく生きるとはどういうことなのでしょうか。
どういう捉え方があるのでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
楽しく生きましょう。
そうですね。楽しく生きるとはと思うと難しいかもしれませんね。
私もいつも回答では、楽しく生きましょう。と言ってますが・・・。
さて、いろんな考え方があるかと思いますが、まず、言えることは楽しいというのは瞬間的なことで、楽しいが長く持続することではないということで、あくまで心の捉え方であると思います。反対に苦しいという状況も同じだと思うのですが、ただ肉体的な身体の痛みは継続する場合がありますから、楽しいより苦しい辛い方が一層重く感じられるのも仕方ありません。
楽しいというのは、一つには本能が満たされた時でしょうけど、それも瞬間的です。又、楽しいと感じるのは、自分が経験した中から感じるものでもあり、個々に違います。同じ経験でも楽しく感じないこともあるでしょう。
楽しく生きるとは、まず目的や目標があり、そこに向かって進んでいる時は、辛くても達成する喜びを意識しているので、辛くても楽しく時間を過ごしていると思います。
又、自分自身や、他人と間に信頼関係が築けている時も楽しく過ごしていると思いますが、なによりも自分自身を信じている時は、一番楽しく経過しているはずです。しかし、なんでも好き放題にしているから楽しいのかと言えばそうでもないのです。
不自由だから自由を感じ、苦しいから楽しく感じます。そして、人間関係の中から、楽しさも生まれてくるのだと思います。
無人島で一人ぼっちで生きていることを想像した時、楽しく生きれるのかと思えば、そうでもなさそうですよね。
桜華さんにとって、楽しく生きること。これから様々な経験と人間関係の中で、今より以上の楽しさ喜びを体験できるのではないでしょうか。
人生を苦しく生きるのも、楽しく生きるのも、やはり自分自身でしょう。
だったら、そういう意味で、楽しく生きましょう!となります。
質問者からのお礼
鈴木様
ご回答ありがとうございます。
言われて考えて見れば、自分の目指すところを見失っていました。
そして、楽しかった頃を考えて見れば、目指すものがあって、辛くても こんなもんだ と乗り越えていました。
もう一度、目指すところを確認します!
ありがとうございます