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やりたいことをやるって必要か

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やりたいことをやるって必要ですか?
よく最近耳にする言葉です。
周りの人、インフルエンサー
よく言います。
しかし現実、日々やるべきことの連続で、やりたいことなんて見つかりません。
見つかったら幸せかもしれませんが、見つけるまで大変だし、
やりたいことを見つけて、それをやるって必要なのでしょうか?

2023年9月10日 0:05
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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

「やりたいことをやろう」の意図は「悔いのないように」

やりたいことがあれば、やれるときに、やればいいのだと思うわ。

やりたいことが、特に無い人もいるだろうし。やりたくても、今は出来ないという人もいる。

「やりたいことをやろう」と言う人の意図は、「悔いのないように」ということなのだろうね。

「やりたいこと」と「やらなければならないこと」も、違うよね。
自ら、やりたいと思えることに出会ったら、そのときに取り組んでいけたらいいんじゃないかな。

2023年9月10日 1:47
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おきもち

個別相談可能
はじめまして(*^^*) 中田みえです。 教善寺 住職として、母親として、慌ただしく過ごしております。 ◆ゲートキーパー ご相談 駆け込み寺 (訪問は要予約。まずはメールでお問い合わせください) ◆ビハーラ僧、終末期ターミナルケア、看取り、グリーフケア、希死念慮、自死、産前産後うつ、育児、DV、デートDV、トラウマ、PTSD、傾聴トレーナー、手話、要約筆記、行政相談員、女性支援員、小学校 中学校支援員としても、ケアサポートをしています。 ◆一般社団法人『グリーフケアともしび』理事長 【ともしび遺族会】運営 毎月 第1金・昼夜2回開催(大阪駅前第3ビル) 14:00〜,18:00〜 お問い合わせ申込⬇️こちらから griefcare.tomoshibi@icloud.com *この活動は皆さまのご支援により支えられております。ご協力をよろしくお願いします。 ゆうちょ銀行 口座番号 普通408-6452769 一般社団法人グリーフケアともしび ◆『ビハーラサロン おしゃべりカフェひだまり』 ビハーラ和歌山代表 居場所運営 問い合わせ申込⬇️こちらから griefcare.tomoshibi@icloud.com ◆GEはしもとサピュイエ 所属 (Gender Equity 誰もが自分らしく生きることができる社会をめざして)DV・女性支援 ◆認定NPO京都自死自殺相談センターSotto 元グリーフサポート委員長(2018〜2024) ◆保育士.幼稚園教諭.小学校教諭. レクリエーションインストラクター.中学校DV授業 10年間 保育 教育の現場で 総主任として勤めた経験も生かしつつ、お話できることがあれば 幸いです。 いつも あなたとともに。南無阿弥陀仏 ここでは、宗旨を問いません。 まずは、ひとりで抱え込まないで。 来寺お問い合わせは⬇️こちらから miehimeyo@gmail.com ※時間を割いて、あなたに向き合っています。 ですので、過去の質問へのお返事がない方には、応えていません。お礼回答がある方を優先しています。 懇志応援も宜しくお願いします。 ※個別相談は、hasunohaオンライン相談より受け付けています。お寺への いきなりの電話相談は受け付けておりません。また夜中や早朝の電話もご遠慮ください。 法務を優先させてください。
午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。 ◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。 言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。 ◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。 ◆個別電話ってドキドキして勇気のいることだけれど、声が届くから、聞こえてくるから、ちゃんと繋がっているようで、そばにいるように安心出来ることもあります。 ◆ 終末期ターミナルケア、看取り、希死念慮、自死、グリーフケア、トラウマ、PTSD、子育て、産前産後うつ、不妊、傾聴、手話、要約筆記者 としても、サポート ◆出来るだけ希望時間にお応えしたいと思いますが、午前中は毎日 法務があります。 (相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので) ◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )

わざわざ大きな「やりたいこと」を探さなくてもよいのでは

お話しされる通り、生きているなら「やりたいこと」を見つけるべきだ、とよくいわれます。しかし、たいていはそういう場合の「やりたいこと」は人生の目標だとか、自分を向上させるために必要不可欠な何かだとか、大きな話になりがちです。
そういう大きな話に限定してしまうと、自分が好んで求めようとするはずの「やりたいこと」がすぐに馬の前にぶら下げられた人参のようになってしまって、自分を無理に駆り立て慌てさせる原因になってしまうことも少なくないのではないでしょうか。
あらかじめ決まった期間の中で、あらかじめ決まった目標値を達成するように仕向けられるパターンに私たちはとらわれ過ぎているようにも思えます。いついつまでにこれこれのレベルまで達成されなければならないような「やりたいこと」というものがあるとすれば、それはもう普段の業務ノルマと何の違いもないでしょう。
自分の外側のどこかにあって、わざわざ探しに行かなければ見つからないようなものが、自分の「やりたいこと」と言えるでしょうか。
もっと小さく、普段の生活のなかでポツリポツリと浮かんできて、短期に達成できるような、あるいは達成できなくても支障のないような「やりたいこと」でも良いのではないでしょうか。
「ちょっと仕事が忙しいけど、どこかで時間を作ってあの映画を見に行こうか」とか「ちょっと身体がなまってきたから、来週はどこかで運動をしに出掛けようか」とか、そんな程度の「やりたいこと」の積み重ねでも良いのではないかと思います。

2023年9月10日 4:10
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有り難し
おきもち

新潟県上越市、龍興山宗恩寺住職。

そもそも「やりたいこと」って何なのでしょうね?

いちろーさん、こんにちは。
究極的には、もとより人間は「やりたいこと(やるべきこと)」しか出来ぬもの、というのが拙僧の見立てでございます。たまたま、「やりたいこと(やるべきこと)」と「やりたいと思っていること」が一致して、更にたまたまそれが連続してうまくいっているような、そういう幸運な方がいつの世にもいらっしゃるものです(拙僧のような愚鈍な者からすると、いやはや羨ましいかぎりですが…)。そういう方が発言力や影響力を持ちますと、社会に活気を与えるなどよい影響をもたらす一方で、(実はタイプの違う)多くの方たちを導こうとすればするほど逆に「迷わせる」という働きも知らず知らずしてしまうものなのでしょう。わたくしたち人間は、別段「やりたいこと」など探さずとも、もとより(すべての生き物は)やりたいことしか出来ぬ、という明々白々な事実を一目“コン”と発見されましたなら、いちろーさんのおっしゃるような(世を惑わす)ひとつの思想(考え方)に振り回されることもなくなるものと思われます。やりたいことを探しているうちは、その方にとって、やりたいことを探すことが「やりたいこと」なのでしょうね。探す必要がある方は(熱心に)それを探されるでしょうし、必要ない方はまるで探すこともございますまい。事実というものは“一目瞭然”。いかがでございましょうか?

そわか合掌

2023年9月11日 11:13
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有り難し
おきもち

個別相談可能
「ただ、祈るばかり。」 抜苦与楽こそ、お坊さんの仕事。 それが拙僧のささやかな信条です。 人はそれぞれ心に哀しみを抱いて、 それでも懸命に生きている。 微力ながら、仏の智慧を借り、 その哀しみにそっと寄り添っていけたら と思っております。 — 横浜の片隅にて「そわかの縁側」を主宰 サッカー人生を歩む息子の父 — ・幼少期に日曜学校にて宗教心の萌芽 ・学生時代から真理(の探求)に関心を持つ ・25歳キャリアや経済力を捨てて仏門へ ・約8年かけ家族の鬱病を一緒に乗り越える ・自ら道場(瞑想スタジオ)を開く ・瞑想指導、伝道説法の日々を送る ・コロナ禍に瞑想スタジオを失う ・オンラインレッスンへ移行 ・縁あってhasunoha回答僧となる ・リアルな場として「縁側」を開く ・道友たちと静かに坐り、茶話を楽しむ ・自らの経験した様々な“哀しみ”に気づく ・人の哀しみに寄り添う仏道者へ — どのようなことでもご相談ください。八方塞がりのように感じるときほど、案外近くに突破口があるかもしれません。 そわか合掌
今、大切なものや大切な存在を失って哀しみを抱えている、日々どうにか生きているけれど生きている感覚がない、これから先うまく生きていける気がしない、そのようなつらく苦しいとき、ふと頼っていただけましたら、有り難うございます。 残念ながら、拙僧には、あなたの哀しみを消し去ることは出来ません。でも、誠心誠意、あなたのそのお心にそっと寄り添い、ただ静かに祈ることは出来ると思います。 哀しみ(喪失感)は、大切な家族や友人、愛犬・愛猫との別れだけでなく、失業や自身の健康(若さ)など、かけがえのない存在や大切なものを失った際に生じるものです。大切なものを失ったときの感じ方は人それぞれ。小さなことと思って放っておくと、元気(生のエネルギー)を必要以上に消耗してしまうことにもなりかねません。ご自身の哀しみに気づいたときには、誰かに助けを求めてください。hasunohaも、使って使って使い倒してください。仏の掌は、必ずや、あなたの心を救ってくださるはずです。 そわか合掌

質問者からのお礼

お礼が遅くなり申し訳ありません。
ご回答ありがとうございます。みなさん
無理に探さずともいいという意見で心が落ち着きました。ありがとうございます。隣を見て焦らなくてもいいんですね

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