罪と向き合うこと。
先日、質問させていただいた者です。見てくださりありがとうございます。
私は、過去に沢山の人を傷つけいじめてきました。いじめられたこともあります。
同級生のつてもなく、引っ越している人もいるので、いじめた人と会うことも手紙を出すこともできません。
私は今、自業自得、因果応報ですが、その罪悪感に押し潰されて何も手につかない状態です。(食事、勉強、夢、自分の趣味など)大事に大事にされるほど、幸せになればなるほどより一層、苦しくなります。
また、私は通信制の高校に通っているので、いじめられて通ってきている人も沢山います。私の友達もそうです。とても後ろめたいです。
私を大事に苦労して手塩にかけて育ててくれ、いじめにあったときも助けてくれた母も私が加害者であったということは知りません。
いじめはもう絶対にしない。私がしたことは忘れず、しっかりと逃げずに向き合い、被害者の悲しみや苦しみ、怒りなど一生背負っていきます。届かなくても被害者の方が少しでも幸せになれるよう願い続けます。
人に対し、優しく真摯に誠実に生きていきます。困っている人がいたら手を差しだします。人に礼儀を尽くしていきます。
私を今まで支えてくれて、助けてくれて、信じてくれている人、これから出会う人たちを幸せに大事にしていきます。
人を幸せにすることが自分の幸せや生きがいにしていきたいです。
でも、今私は、罪悪感に押し潰されて息が上手くできません。今の状態はあまりよくないと思います。何もできなくなるのではと不安で不安で仕方がないです。
私は、自分のしてきた罪や罪悪感としっかりと向き合うためには、どういう心構え、心持ちでいるべきでしょうか。また、私は、前に進んでもいいのでしょうか。身勝手ながら自分の夢(看護師)を叶えてもいいのでしょうか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
幸せを噛みしめるということ
”幸せになればなるほどより一層、苦しくなります"
そうでしょう。
真人間になるほど、あなたが人間として回復すればするほど、下手な刑罰や報復を受けるよりもはるかに強烈な激痛に苛まれるというものです。
"どういう心構え、心持ちでいるべき"
たとえ全財産を投げ出しても、死んで詫びようとも済まされない。あなたは自分が罪悪深重の超弩級の極悪人であるという自覚をいよいよこれからも深めていき、死ぬが死ぬまで一生それを背負っていかなければならないんだとしっかり覚悟を決めて下さい。
”前に進んでもいいのでしょうか”
”身勝手ながら自分の夢(看護師)を叶えてもいいのでしょうか”
当然です。しっかり自分の夢を叶えて下さい。どうか日本一の、優秀で素敵な看護師になって、大勢の患者さんを救ってやって下さい。絶対に誰もが羨むような、憧れるような立派な人になってください。
そして一生涯、【良心の呵責】に苛まれ続けて下さい。
これを背負いきったその先に、やっと赦しがあるのかもしれません。
<追記>
がんばろうね!!
あなたがその謙虚な気持ちと感謝の気持ちを忘れなければ、hasunohaの坊さんたちや、これからあなたが出会うであろう大切な人たち、そして仏様がきっと支えてくれるから。
質問者からのお礼
回答してくださりありがとうございます。
自分を見つめ直し、これからどうしていくべきか、どういう心構えで生きていくべきかしっかりと理解、心に刻むことができました。
沢山の人から憧れてもらえる、羨んでもらえる、優秀で誠実、責任感を持ち、人を笑顔にできる、人を救うことができる、人を幸せにできる立派な人間になっていきます。
それと同時に、自分が立派な人間になって人から感謝されようとも、自分が最低最悪な極悪人であるということを心の奥底から自覚し、一生涯それを背負い、自分のしてきたことから絶対に逃げず、絶対に忘れず、罪悪感や良心の呵責に最期の時まで苛まれ続けながら人生を過ごしていきます。
回答してくださり本当にありがとうございました。
ありがとうございます。
常に支えてくれている周りの人達に感謝をし、看護師として、人としても立派な人間になります。
そして、周りの人たちを絶対に幸せにしていきたいと思います。