昔の自分の行いを後悔しています回答受付中
年末年始、学生時代の友人のSNSをみて、学生時代の事を思い出しました。
具体的には、言動をからかったり、ばかにしたりしたことです。
4年ほど前も、同じように思い出し、ひどく後悔し、鬱病になりました。
今回、それが再発したような感じです。
しかし、私が完全に悪く自業自得因果応報なことは十分理解しています。
いじめられた子の方が辛いしんどいことも理解しています。
1番自分が気にしているのは、今も恨まれていていつか復讐されるのではないか、殺されるのではないか、離れて暮らす家族に危害を加えられるのではないか、ネットに名前をさらされて家を特定されたりして、家族がもうそこで生きられなくなるのではないか
とか、結局自分勝手なことばかりです。
4年前は、後悔した分良い行いをしようと誓い、徐々に回復しました。
しかし今考えると、自分は結局変われていないことに気がつきました。
もう一度、変わることを誓って、生きてもいいのでしょうか。
こんな人間に育ってしまい両親に申し訳ないきもちでいっぱいです。
私が家族を崩壊させてしまうかもしれません。
今思い返すと、あの子もあの子も私のせいで学校を辞めたのかもしれません。
今では考えられないしそんなことをしていた自分を理解できないのですが、たくさんの人を傷つけました。
本当にごめんなさい。
どういう気持ちでこれから生きていったらいいのでしょうか。
人生をやり直して、誰も傷つけず、誰かを助けられるような人間になりたいです。
お坊さんからの回答 4件
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今日を新たな原点に。
こんばんは。何だか気が緩んで、以前に決意したはずの自分を、見失ってしまった、ということですね。
前回「誓った」とのことですが、それ自体は良かったのだろうと思います。なので、今回の課題は「それを自分の生き方に定着できるか」という問題ですね。「どういう気持ちで」というお尋ねですが、今回取り組むのは「具体化」である事を認識しましょう。ポイントは「具体的に」です。
①行動指針を言葉にして、外在化しましょう。目に見える場所に置く、という事です。指針は「〜しない」ではなく、「〜する」という文体に落とし込むことが肝要です。「人の価値観や行動は、自分の価値観で評価するときも、一先ず受け止める」とか「言っちまった」と思ったらその場で謝るとか、ね。それを紙に書き出すか、スマホの待ち受け画面にでもしましょう。
②日記とか、記録をつける。寝る前に動画一本分の時間を使って、振り返る。「カレンダー」アプリのメモ欄に、指針を実現できた事を書く。毎日一回、指針を見返す時間にもなります。習慣は100日間続けるべしと言われますから、100日を目標に。
③やっちまった!という日もあるでしょう。それはなるべく早く回収するのが吉です。「明日謝る」とかもメモに書く。課題を完了するのも指針の強化ですから、チャンスと思って実行する。
④100日が経過したら、メモをまとめて読み返します。自分の行動を振り返る。そのために、やはり100日後のカレンダーに「指針通りにどれだけできたかを振り返ると」と書いておく(これは、リマインダーでもいいかも)。
さて…。これら、できそうですか?100日刻みが大変そうなら、30日刻みでもいいかも知れません。
もし達成できたら…あなたはもう「無闇に人を傷つけない人」になっています。自業自得の仕組みによって。
達成できなければ…今日の後悔はその程度でしかないという事です。喉元過ぎて、熱さ忘れたりということ。
ただし。鬱の症状が出てきたら、「今は縁が整ってないらしい」と察して、症状の緩和に努めて。
もし…全然できなかったら、自分の情けなさに打ちひしがれましょう。でも、最後のセーフティネットもあります。「南無阿弥陀仏」と念仏です。
私ですか?…時々「今日はできたぜ!」と思うけれど、念仏する日も多いです。そうして自分の行動に向き合い、消化しないと、明日を迎えられませんよ。
nori 様 相談ありがとうございます。
今日の自分は明日の自分と違う。
瞬間・瞬間新しい自分を生きている。
だからといって過去の責任を放棄しているのではない。
責任はおいます。
だけれども日々更新している自分は、
その責任をやがてしっかり果たすために、
前を向いて生きているのです。
その時が来るまで、
日々新しい自分を生きていくのです。
過去を後悔しても、未来を不安に思っても、役に立たない。
ただ、自分は瞬間・瞬間、新しい自分で
日々更新しているだと信ずるのです。
あなたは気づかないかもしれないが、
常に新しい自分を生きているのです。
さあ、あなたは何の制約も無かったらどう生きたいの?
毎日更新していく自分をどう生きたいの?
その先に、果たせる責任があるのです。
と、私は思います。
参考にしてください。
一礼
人に優劣をつける愚かさ。差別心。過ちを背負いながら学んで。
言動をからかったり、ばかにしたり…
言われたら側は深く傷つき、ずっと病んでいるかもしれないね。加害者を恨んでいるかもしれないね。
被害者が受けた傷は、消えないのですよ。
4年前から悔い改めているのですよね。
あなたは、あれから変われましたか?誰かに優しさを向けたり、行動には気をつけるようになられたのかしら?
あの時、あなたにどんな心理があったのか。
虐めていた頃のあなたは。
相手を見下していたのだろうか。
自分のほうが、優位にいるとでも思っていたのだろうか。
人に優劣をつけて物事を見る・行動するほど、愚かなことはありません。それが差別心になるのです。
後悔をして、良い行いをする。
それがどういうことなのか。
過去の過ちを背負いながら、学んでいってくださいね。
過去は変えられませんが、過去の自分と決別することはできます。
過去の過ちに気づき、身が引き裂かれるような思いをされているのですね。しかし、その深い苦しみこそ、今のあなたが「他者の痛み」を我がこととして感じられる人間へと成長した証です。本当に冷酷な人間は、過去を悔やんだりしません。
復讐や家族への危害といった恐怖は、ご自身の強い罪悪感が生み出した心の影(幻影)です。過去の事実は変えられませんが、過去の自分と決別することはできます。 「生きてもいいのか」という問いに対し、仏教の視点からは「その愚かな身のまま、生きよ」とお答えします。私たちは皆、知らず知らずのうちに誰かを傷つけてしまう悲しい存在「凡夫(ぼんぶ)」です。清廉潔白な人間として生きるのではなく、自分の罪深さを自覚した「申し訳なさ」を抱えて生きることこそが、誠実さの始まりです。
これからの人生を、過去への「贖罪(しょくざい)」だけで塗りつぶさないでください。その痛みを忘れないことで、今日出会う誰かに少しだけ優しくする。それが、今のあなたにできる唯一で尊い行いです。 ご両親も、あなたが自分を責め続ける姿より、過ちを背負いながらも懸命に生きる姿を望んでいるはずです。苦しみを知るあなただからこそ、救える人が必ずいます。どうぞ顔を上げて、その誓いを胸に生きてください。
拝
縁起寺 釋聴法



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