羨望
こんばんは。よろしくお願いします。
私はよく、周りの子を羨ましいと思ってしまいます。
自分は生きることについてよく悩んで悲しい思いを周りの子より多くしてると思っているので、そんなこと考えなくても、人生成功する人、幸せな人が羨ましいです。生きることに対してある意味、無意識で、無関心だから、勉強に集中できて、頭良くなってるんだなぁと思ってしまいます。そうやって、言い訳つけてる自分も情けないです。
もちろん、みんなもそれぞれ受験のことなどで悩んでると思うけど、みんなそれとうまくやって、頭良くなってると思うと、自分はだめだなぁと思います。
私は今こうやって悩んだ分、幸せになりたいと思ってますし、自分の思ういい人生を送りたいです。でも、やっぱり日々学校でいると、漠然と、周りの子と自分の間に差がある気がして、みんなが羨ましいです。そして、みんな強いと思います。自分も、そんなに悩まずに、そして勉強に集中し、人生成功したい。
先日、ハスノハで「あなたの人生はあなたが主役だから」という言葉を目にして、少し心が軽くなりました。
でも、私は時々、自分が自分でいることが怖くて、ひどいときには自分が自分であることから逃れられない恐怖を感じました。私、今までどうやって生きてたんだっけ?という気持ちです。
常に周りや妄想に埋もれてるのかなという気が自分でもします。
何かアドバイスいただけたら嬉しいです。
できるだけ、優しい言葉で、でも正しいことを教えてください。m(_ _)m
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
いつかは悩みます。
仕事柄、60代、70代のかたとよくお話するのですが、
どんな調子の良い人でも、命について人生のどこかで悩まねばなりません。
生き物は生まれて来て、いつかは必ず死んでゆくからです。
仕事に夢中でやってきたひとが、定年を迎え、さらに体力が落ちて来たりして、
それまで考えたことのなかったことで悩んだり、不安に駆られたりするのです。
きっとあなたは先取りしてるんですよ。
そんな人たちも一定数います。わたしもそうでした。
さきに悩むか、あとで悩むか、どっちがいいかは言えませんが、
私の場合、悩みきったら、心がすっきりしました。
どこまでいっても人生の問題は次々ありますが、なんだかどこか奥の方がすっきりして、問題に対処していっています。
今あなたがもし悩める時間が確保できるのであれば、
実はそれは人生においてはすごく貴重な財産なんです。
多くの人は悩んでいる時間も持てないまま、流されたり、決断して行かなければならず、それは本当に大変なことだと思うんです。
そしてhasunohaその他を使って、安心してもらいたい。
ちなみに私は学校の勉強はまったくできませんでした。
そのころはそれどころじゃなかったんだと思います。
あだ名は「のび太」でしたよ。居眠り、0点。懐かしいです。
でもそんなみんなとは違う経験から、18歳くらいからは違う物差しを見つけてそこでは精進(楽しみながらつづけること)できています。