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先月父が亡くなりました。

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先月父が亡くなりました。59歳でした。4年程前に会社の健康診断で肺癌が見つかり、抗がん剤治療など頑張っていましたが、脳に転移してからは2ヶ月程でガタガタっと悪化し亡くなってしまいました。

父が亡くなりもう少しで1ヶ月経ちますが去年の11月までは元気だったこともありまだ、父がこの世に居なくなってしまったと思う事が出来ません。病室で帰る間際に言ってくれていた「ありがとう。バイバイ」が頭から離れません。

もっと孫と過ごしてほしかった。もっと色んな所に一緒に行きたかった。もっと長生きしてほしかった。父に伝えたい事が沢山あります。話したい事が沢山あります。
残された者がくよくよ泣いていると父も行きたい所・仏様の所には行けないのでしょうか?


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

泣いてもいいんだよ

お父様がお亡くなりになられましたこと、心よりお悔やみ申し上げます。
人生は「苦」である。お釈迦さまが仰られた言葉です。
「苦」は簡単に言うと”思い通りにならない”こととも言えます。
振り返ってみてください。あなたの人生の中で、これまであらゆることが思い通りになっていますか?
おそらくそんな人は1人もいないでしょう。
まさにあなたが質問の中で書かれている「もっと孫と過ごしてほしかった」「もっと色んな所に一緒に行きたかった」「もっと長生きしてほしかった」「もっと○○したい」は私たちの人生の中でたくさん出てきます。
そして1つでもそれが叶うと「もっともっと○○したい」「もっともっともっと○○したい(してほしかった)」と人間の欲求には切りがありません。
59歳、お若いです。だから余計にそう思うのかもしれませんが、いつ終わるかわからないのが私の人生でもあります。
お父様、いいところに行ってるじゃないですか。あなたの、大好きな娘の心の中にいるじゃないですか。あなたがお父様をそれだけ思うというのはお父様があなたの中にいる証拠です。
泣いていいんです。いっぱい泣いてください。強がって生きる必要はありません。
そして仏様に感謝しましょう。お父様と出会わせていただいたこと、お父様とお母様の娘に生まれてきたこと、数限りない、あなたが顔も名前も知らないご先祖様の命を受け継いでこの世に誕生したのです。多くのご先祖様に感謝しましょう。どうぞお仏壇に手を合わせ、ありがとうと頭を下げてくださいね。

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有り難し
おきもち

いつの日か

こんにちは。松阪市養泉寺 釜田 隆介と申します。お父様のご逝去、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
今は、日常生活を送っておられてもふとした時にお父様が思い出されて悲しみ、寂しさ、人間の苦しみの中においても取り分け重いものとされる愛別離苦の苦しみが涌き出てくる事が多々おありだと思います。
亡き人を沢山思いだし、悲しみ、苦しみ、涙できるのはそれだけお父様を愛していたという証拠でもありますし、先の藤範様もおっしゃられていらっしゃいますが貴女の心にいつでもお父様を思いだして頂くことでよみがえり仏さんとして貴女の心の中に生き続けて行かれる事でしょう。
今は、お辛いことではありましょうが、悲しみは悲しみとして精一杯受け止めて頂き残された御家族の皆様と心を合わせ、支えあい、何れ程の時薬が必要になるかはわかりませんが少しでも早くお父様に皆様が「安心していいよ、もう大丈夫やよ。」と言える日が来られることを念じております。そして、いつの日かお父様の死を受け入れることが出来、乗り越える事ができた時には御家族の皆様それぞれが人間として一枚皮が剥け強くなられる事でしょうし、お父様から生前中戴いた沢山の優しさ、愛情、人生を送る上においての教訓とすべき教えなどを今度は自分が他の人にも分かち与える事が出来るような人間へと変わっていかれるものと信じております。
それがお父様へのこれからの親孝行にもなっていくのです。
釜田 隆介 合掌

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有り難し
おきもち

少しでも皆様のお気持ちに心を寄せて行けたらと思っています、どうぞ宜しくお願...
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質問者からのお礼

回答ありがとうございます。

もう少し泣いて、父との思い出、父と過ごせた時間に感謝し、これからは父に楽しかった事など報告できるようになりたいと思います。

藤範様、釜田様から回答頂き、父から注いで貰った愛情をこれからは娘に私から注いでいこうと思える様になりました。まだ、ふとした瞬間に寂しくなり涙が出てしまいますが前を向いて行けそうです。
本当にありがとうございました。

「親・家族・恋人・大切な人の死が悲しい・乗り越え・立ち直る」問答一覧

生活環境の変化と母の死が重なり苦しいです

転職・引っ越しによる環境変化と母の死が重なり心身ともに辛いです。 先日、母が癌で亡くなりました。1年前から入退院を繰り返しており、余命が短いことは覚悟していましたが、やはり悲しいです。母が病気の苦しみから解放されたのは救いですが、この先母がいないと思うと人生がつまらなく感じます。まだまだ母とやりたいことがたくさんありました。 母の死は時間が癒してくれるのを待つしかないのですが、ちょうど転職と引っ越しをした直後に母が亡くなったため、新しい仕事を頑張れる気がしません。一人暮らしでホームシックにもなっています。まだ結婚もしておらず、一人っ子でもあるので孤独感が大きいです。 新しい仕事は私が目指していたことで、母も生前応援してくれましたが、母が亡くなった今となっては前向きになれません。これから新しい仕事のためにたくさん勉強しなければならないのに、無気力で頑張れる気がしないです。 母の癌が発覚した1年前から精神的にしんどく、診療内科に通うほど体調も崩しました。そのような状況下で頑張って転職し、これからというときに訪れた母との別れは新生活の不安と二重の苦しみで耐えられる気がしません。これからどうやって日常生活を送り、前向きに人生と向き合えばよいでしょうか。

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故人の魂はどこに?

先日大好きな妻が亡くなりました。妻は本当に僕の全てで大事な大事な宝物でした。 子供もおらず、独りぼっちになってしまい、今は絶望しています。生きる目的、意味が全く無くなりました。 僕の唯一つの願いは最愛の妻の魂にずっとずっとすぐそばにいてもらい(お骨も手元に)、自分が亡くなるときに一緒のお墓に一緒に納骨してもらい、そしてあの世でまた会えることだけです。 質問なのですが、49日に審判され遠くへ行ってしまい最終的に極楽浄土を目指すという理解をしているのですが、疑問があります。 白木の御位牌から本位牌となり、魂を入れて頂くと思うのですが、位牌に魂が宿るとするならば、極楽浄土などに魂は向かうのに、魂はいったいどこにいるのでしょうか? 魂は分割され2か所にいるのでしょうか? また、お盆には年に一回戻って来るという話しも子供の頃から聞いており、迎え火で迎え送り火で送り帰って行くということでした。帰ってしまったらいないということなのでしょうか? 極楽浄土等、御位牌、お盆、魂の居場所をわかりやすくご説明頂けますと幸いです。 僕は妻にずっとそばにいて欲しい、遠くへ行って欲しくないと考えております、魂の居場所によっては仏教と考えが合わないのでしょうか? 実はそのように悩んでいる間に49日が過ぎてしまいました、49日の法要は過ぎては良くないと聞きますが今から行って頂くことは難しいのでしょうか? どうぞ宜しくお願い致します。

有り難し有り難し 14
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父親亡くなる

父93歳母90歳姉64歳私57歳で、姉は実家からバスで30分の所に住んでおり、私は埼玉県に住んでいます。母は専業主婦で家事全般をやっていた人です。父母共に病気をして入院した時は、どちらかが実家に帰って寝泊まりをしていました。母が心臓の手術を10年前にしてから、家事全般を最小限しかできず、それでも父母と2人で頑張っていましたが、2年前に母が転倒して頭を打ったのですが、頭の中も異常なく、骨折もしておらず、ただ筋力が落ちて、やる気も出なくなり、父が母に変わって家事全般を最小限やってくれる事になり、父は、家事をやった事がないので、味噌汁の作り方を一から母が教えていました、しかし父の作る物にしょっぱいだの、と父と姉に話していたそうです。父も指示されているみたいでイヤだとは姉に話していたそうです。母か転倒して、動けなくなった頃から、愚痴がおおくなり、姉は、母は要支援2の認定を頂いていたので、訪問ドクター訪問看護ディサービスを利用し、少しでも愚痴の数を減らしていこうとした時に、父が脳梗塞でたおれ、悪性リンパ種も見つかり、入院して1ヶ月で亡くなりました。愚痴をこぼす所もなくなり、母は、私や姉が手続きや、お墓仏壇等をやっていると、私達に攻撃しはじたのです。ただそれが午前中に始まり夕方には、穏やかになり、母の今後の事もあり、ケアマネに来てもらい話をすると、老人うつ病をかられると言われ、私達も確信ではないが、そうではないかと思うと伝えました。前から少しずつあったものが、今になって大きく出てきたのではないかとも言われました。姉は知識がないので、精神的な事が書かれている本を前から読んでいますし、私も資格はないですが、施設で長く働いているので、少しは知識があります。ただ姉が言うには、父が生前の時母は、とても穏やかな人で先々を考える人だったと話し、母が転倒して何もできなくなってから、人が変わったようだと言うのです。うつ病があるかもしれない事を少し頭に入れて対応していこうと姉と話していたのですが、姉もわかっているが、ウンウンとは聞けずついいってしまう、母はエスカレートしてしまう、なので第三者に入ってもらって、近くにおばがいるので、母の話しを聞いてもらうなどして、対応していますが、これからどんな事に気をつけたらいいのか、対応はどうしたらいいのか、母自身も、自覚がないので困っています

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夫の死 心が平穏になる時がきますか

夫が病気で急逝しました。夫はさぞ悔しいことでしょう。まだ現実として受け入れがたく、ふわふわとした心持ちで葬式、様々な手続きに生活に追われています。 子供たちと現実生活をいつも通りにふざけたことも言い合いながら笑顔で暮らしていますが、寂しく悲しい気持ちは各々が抱えています。 夫が亡くなって、葬式後に不倫関係にある人がいることが分かりました。相手からの、のんきなLINEがきたことで気づきました。再会した元カノのようで、レストランで食事したりホテルで密会したりしていることがやり取りから分かりました。これからもっとたくさん会いたいなど、関係を続けたい夫の気持ちも書いていました。あの時もあの時も嘘をついて家を出ていたのだと知りました。LINEを探すと、他の女性とも恋心をほのめかしたやり取りをしていたことも分かりました。 夫は多趣味で、趣味に仕事に忙しく、女の人と会う時間があるとは思いもしませんでした。私を悲しませることはしない人だと信じて疑ったことは1度もありませんでした。 夫は子育てに協力的でした。家の中のことは大体私がやっていましたが、対外的なことは率先してやってくれていました。共働きで、協力し合わないことには生活が回らなかったので、助かってました。私は子育て家事に喜びを感じながらも、夫の行動に苛立ちを感じていたことは確かです。夫は趣味の時間を家庭の様々なことに取られていると不満をいうことがありました。趣味をしている時の夫は本当に楽しそうなのでさせてあけたいと考えていたし、実際、ずっと続けていました。 こんなに趣味を楽しんだ上に、家事に疲れている私に、したいときだけすり寄ってくる夫を疎ましく思う気持ちもありました。 私は夫が好きでした。夫の物を片付けていたら、私からの数年おきの長い手紙や「大好きだよ」のカードがたくさん出てきました。先月もあげたはかりでした。 他の女の人には優しい言葉をたくさん書いていましたが、私にはありませんでした。私を子供の母としか見ていなかったのでしょうか。 数年前に、他の人としちゃおーなどと言うことが何度かあり、私はあきれて、どーぞ。と、言ってしまいました。夫は自分の欲を実行したのですね。 1人になると動悸がして落ち込みがひどいです。子供たちの明るい未来のためにも、元気で生きていきたいのです。どう考えれば心の整理がつくのでしょう。

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