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祖母が亡くなって悔やんでいます。

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両親が離婚してから、母親代わりに自分を育ててくれた祖母が先週亡くなりました。

祖母はしばらく地元で独居でしたが、2年前からはいつでも会えるように父と自分がいる町の老人ホームに連れてきました。少しでもさみしくないように、地元の人と連絡できるように電話を買ったり、実家の写真を壁に貼ったりしました。その年に脳出血になり寝たきりになってしまいました。

だんだんと怒りっぽくなり、注文が多くなって、数日おきに会いにいきましたが仕事が忙しいことを理由に面会時間ぎりぎりに会いに行って、いつも少し話して帰るだけでした。95歳の誕生日に父と一緒にお祝いしようと話していましたが、葬式をするかしないかで喧嘩してしまい、結局自分だけ会いにいきました。いつも通り短時間の面会をして、おめでとうと言うと「ありがとう」と絞り出すように言われました。弱っていることは感じていましたが、受け入れられないまま、まだ大丈夫、と自分に言い聞かせていました。翌日は会いに行かず、翌々日は仕事で行きませんでした。その次の日に会いにいくと意識がなく、息をしているだけの状態で、おばあちゃん、とだけ声をかけて、また明日会いに来よう、そこで悪くなっていたら付き添おうと思い、彼氏と出かける予定があったので帰りました。その翌日に、父から亡くなったと連絡がきました。

結局、火葬だけして遺骨を実家に連れて帰ることにしたのですが、父が1番安いプランにしていたので、花や枕飾りなどないまま父の家に棺だけで置かれていました。自分も一般的な見送り方が分からなかったので小さな写真たてで遺影を準備して、(祖母は神道なので)御神酒や米などで簡単な枕飾りを作り、花や榊を棺に入れました。火葬の日、火葬場の大きな写真立てにかけられた小さな遺影や空っぽの花瓶をみて、ちゃんと準備をしていなかったことを後悔しました。いろいろ考えていたら最後のお別れの時も顔を見るだけで何も言えませんでした。

もっとたくさんわがままを聞いて、話をして、喧嘩せずに最後の誕生日を父と3人でお祝いしていたら…意識がなくなってからずっと付き添っていたら…火葬の準備をしていたら…後悔ばかりです。

亡くなるのが怖くて会いにいくたび撮っていたビデオを見ながら涙が止まりません。
おばあちゃんは幸せだったでしょうか。また会いたいです。どうしたら思い出す度に悲しくならずにいられますか。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

悲しさの底にあるもの

おばあちゃんに育てられたと言うことは苦楽を共にして人生を歩まれたのですね。
その方が亡くなられた。悲しいのは当然ですね。
あなたには、涙をたくさん流して泣いて頂きたいと思います。

葬儀で思うことがあるのです。悲しまない方を見かけます。話に夢中の方・スマホゲームしている方なども。
ひとの死が悲しく無いのですね。同時に一生懸命生きていのちを全うされた方への尊びはどこへ行ったのでしょう。

わたしは悲しんで泣いている方に出会うとほっとします。故人と深い縁があり、そして喜びがあった。
悲しさの裏には共に生きた喜びがある。

仏教ではひとは二度死ぬと言います。一度目は心臓が止まったとき。二度は忘れ去られた時。
二度目死を本当の死と言います。

二度は死なせない。あなたの役割ではないでしょうか。

また親孝行と書きますが出来ないですね。しかし本当の親孝行とは何でしょうね。
親が亡くなったら親孝行はもう出来ないのでしょうか。
人生を歩む中で確かめて行きたいですね。

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有り難し
おきもち

社会を上手に生きれない方々とご縁があります。 悩む姿に共感を覚えます。 私も同じような傾向があり一緒に尋ねています。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ